田ノ下小春(タノシタコハル)――結婚をしたので戸籍の名前は、朝比奈小春(アサヒナコハル)である。

全国にチェーン展開しているスーパーマーケットの鮮魚売り場でパートとして働いているどこにでもいる25歳の女…だったはずなのだが、どう言う訳だか結婚をすることになった。

相手はあたしよりも10歳年上の父親の友人の息子である。

「小春ちゃん」

名前を呼ばれて視線を向けると、あたしの夫になった男がいた。

朝比奈欣一(アサヒナキンイチ)、35歳。

大手出版社『葉月出版社』の少女マンガ部門で働いている営業マンである。

彼に名前を呼ばれ、あたしは引っ越しの作業中だったと言うことを思い出した。

「あの…何度も言っているようで悪いのですが、あたしのことを“小春ちゃん”と呼ぶのはやめてもらえないでしょうか?」

あたしは言った。