「金木犀はそっちじゃねーぞ。」
突然の声に心臓が止まるかと思った。振り返ると、あいつだ。
「なんでいるの。」
「来ないと思ったからストーカーした。案の定だよ。」
「自分で探すから。」
「いいから来い。」
無理矢理というか、強引というか、強制というか。左手を取られ、諦めることしかできない私は付いていくことにした。金木犀が見れるなら、秋の写真が撮れるなら、この際なんでもいいや。
「ほらよ。」
「・・・すごい。」
昨日来た場所から少しだけ歩いたところ。あの独特のいい香りがいっぱいした。秋だ、秋の匂いだ。
「写真撮んねぇの?」
そうだ。あまりにも引き込まれて目的を忘れてしまっていた。携帯を取り出しいざシャッターを切ろうとした時にお母さんからの着信が入る。母親のタイミングの悪さって、一体何なんだろう。
「はいはい、じゃあ切るね。」
「誰?」
「お母さん。買い物してきてって。写真も撮れたしもう行くね。最初は嫌だったけど教えてくれてありがとう。あとあの本のオチ、私知ってたよ。何回も読んでるから。」
「まじかよ。嫌がらせになってねぇじゃん。」
「残念でした。じゃあね。」
秋の写真を撮りたい。その願いは拍子抜けしてしまうほどすぐに叶った。団地には晩御飯の匂いも漂って、さらに懐かしい気持ちにさせてくれる。なんにもない秋だけど、秋は確かにここにあった。

