これでいいのだ。自分が欲を張る必要などない。そうだ。自惚れるな。仮に、拓海からの申し出を受けたとしよう。学園中の友だちから妬まれる。そして居たたまれなくなり、最後には破局。そのあとには、卒業までずっと陰で囁かれることになる。目に見えていた。自分は、正しい選択をした。いいのだこれで。
 下校するために昇降口に向かいながら、清美は無意識に眼をこすっていた。その指は、しっとりと濡れていた。
 自然と、歩行する自分の爪先を見ていた。前なんか向けるわけがない。清美の心は、今も迷っているのだから。
 曇って滲んでいる床を眺めながら歩いていると、視界に不意に現れる、自分に向けて置いてある上履きが二足。よくよく見ると、それには人間の足が収まっていた。

「清美」

 上履きの主は、泣いている清美の名前を呼び、静かに彼女を抱きしめた。

「そう。そうだったんだ。気づかなくてごめん。つらかったでしょ」

「………………」

「無責任なこと言ってごめんね。……ほら、帰ろ」

 朱里に手を引かれ、校舎をあとにする。グラウンドからは、サッカー部の勇ましい掛け声が聞こえてくる。

「今日の清美って、なんかそわそわしてたでしょ? 昼休みにどっか行ってたり、授業中も上の空だったし」

「………………」

「……そっか。清美も、守屋先輩のこと好きだったんだね」

「………………」

 冷静になって考えてみれば、別に清美は、拓海に対して恋愛感情を抱いていたわけではなかった。そもそも一方的な対象には入っていない。“格好いい”と“好き”は違う。