シュリアは「失礼します」と言ってから、彼の部屋に入った。

「お願いが御座います、ファロル様」

「何かな?」



「・・・今すぐ、ここからお逃げ下さい」



意味がうまく呑み込めず怪訝そうに眉を寄せたファロルに、シュリアは哀しげにその瞳にその目を潤ませた。

「旦那様は、貴方の命を狙っておられます」

「父上が?何故・・・?」

シュリアは俯き、視線をファロルの右手・・・十字架に定めた。
唇を噛み締め、その唇を解いたとき・・・シュリアは瞳から涙を溢した。

「その、十字架のせいです・・・」

「・・・それは、父上が俺を“君臨者”だと思っていると?」

「・・・はい」

ファロルは宙を仰ぎ、すぐにシュリアに視線を戻した。
シュリアはファロルの手を握り、必死にファロルに訴えかけた。

「旦那様は、貴方を道具としか思っていません!
利用され、死ぬ前に・・・どうかここからお逃げ下さい!」

「・・・シュリア。君なら知っているだろう?」

ファロルは彼女の手を解き、微笑んだ。


    
「俺が、本当はセルトーン家の者ではないことを」



「・・・ええ、存じております」

「いつかは、ここを出て行くつもりだった。それが幾らか早まっただけだ」

だから、とファロルは彼女に優しい言葉を掛ける。

「さよならだ、シュリア」

「・・・はい。お気を付け下さいませ」

背を向け、扉から出て行くファロルの背中に向かい、

「ファロル様・・・お元気で」

小さなシュリアの声に、ファロルは振り返らなかった。