懐かしい思い出話を語るように穏やかだったトウジ様の声が、そこで一瞬、言葉に詰まるように途切れた。
「……だが、結婚からたった三年でマリエが亡くなった。
家族三人で避暑地の別荘を訪れていた際、森の奥のガケから足をすべらせたんだ」
沈痛な声音でそれを口にしたトウジ様の横顔を、私は小さく息を飲んで見つめた。
初めて知る、奥様の亡くなられた原因。
事故だろうか、と考えてはいたけれど、ガケから足をすべらせたなんて。
(ガケから落ちた……転落事故。マジュと同じ……)
「彼女の突然の死に、ハルヒコも、我々さえも呆然とした。
―――そして、衝撃と悲しみの波が引いた後には、マジュをどうするかという問題が残された。
母親のマリエがいない今、血の繋がらないマジュをハルヒコのもとに置いておくのは不自然だと……皆、そう考えた。
まだ若く将来のあるハルヒコにとっても、多感な年齢になっていたマジュにとっても、今のまま親子として暮らしてゆくのは良くないだろう、とね。
その内、ハルヒコの恩師―――マジュの祖父が、孫娘を引き取ると申し出て、それで話がまとまると思った。
―――でも、ハルヒコはそれを断った。
血は繋がらなくてもマジュは自分の娘だ、妻を失い、自分にはもう娘しかいないのに、彼女までも失うわけにはいかない、と言ってね。


