「ハルヒコを、頼む」
ひそめた声音で、でもはっきりと。
私の耳元に寄ったトウジ様の唇が、そう言葉を吹き込んだ。
「トウジ様……?」
「それを見て、どんなものが好きか今度私に教えてくれ。若い女の子の好みはオジサンにはわからないからね」
トウジ様は何事もなかったように私の手を放した。
「じゃあな、二人とも」
「うん、いつもありがとう、兄さん」
私が何も言えないでいるうちに窓はするすると閉まり、トウジ様を乗せた車は、屋敷の外へと走り去っていった。
「遠慮しないで好きなものをねだるといいよ。兄は独身だからね。君が甘えてあげれば父親の気分を味わえる」
トウジ様が私に耳打ちしたことにはまるで気付いていない様子で、ハルヒコ様が笑う。
私はぎこちなく笑みを返し、それからもう一度、車が出て行った門に目をやった。
鉄の門扉が、音もなくゆっくりと、閉じたところだった。
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