朝の澄んだ空気が心地いい。
体調が悪くなって(というかほぼ睡眠不足だけれど)早退した昨日、黒瀬くんが帰った後。いろいろ考えるのも面倒くさくなってしまって、結局早めに就寝。また泥のように眠ってしまったので、今朝の目覚めはばっちりだった。やっぱり私は早起きが好きみたい。
……早起きついでに、黒瀬くんのお弁当もつくってきた。一昨日、お昼は毎日一緒に食べようって約束したし。
「あれ、ナツ?」
「えっ」
横から声がして顔を上げると。
朝からさわやかな笑顔を浮かべたきくちゃんが、いつの間にかわたしの横にならんでいた。白い歯をニカッと見せて、「最近よく会うなー」って。
本当だよ。ここ数ヶ月、きくちゃんが受験生になってからは、あまり会わなかったのに。どうしてこういうタイミングで出会ってしまうんだろう。
自分の鼓動が早くなるのを感じてカバンを持つ手にぎゅっと力を入れる。未だ動揺してる自分が情けないよ。
「ナツは偉いなー、部活やってないのに早起きして」
「そんなことないよ、部活頑張ってるきくちゃんのがえらいよ……。それに、わたしはお弁当作ったりしてるだけだから、」
「いや、それが偉いんだろ、ばっかだなー」
やだな、きくちゃんの笑顔は心臓に悪い。あと、こうやって屈託もなく人を褒めるところ。私にだけじゃない、誰に対しても肯定的で優しいところがすきだった。
黙っていると、ふときくちゃんが私の荷物を見る。お弁当をふたつ持っているから、いつもより大荷物。それが気になったのかも。
「あ、えっとこれは、お弁当ふたつもってて……」
「はは、俺まだ何も言ってないのに、ナツは俺が思ってることわかんだなー」
「だ、だってきくちゃんが人の荷物じっと見るから!」
「うん、いつもより大荷物だからどしたのかなーって思ってた。お弁当ふたつって、もしかして黒瀬の?」
「え、っと……」
瞬間、自分の頬がボッと赤くなるのを感じた。だって、改めて口に出されるとなんだか恥ずかしい。付き合っているわけじゃないのに、黒瀬くんのお弁当まで用意してるなんて。約束はしたけど、ひ、引かれないかな。今更心配になってきた。
ふときくちゃんを見上げると、意外なことに目を丸くしてわたしをみていた。え、ど、どういう心境?
「き、きくちゃん?」
「えっ、あーごめんごめん、冗談で言ったつもりだったからさ、まさか本当に黒瀬のものだとは思わなくて」
「そうだよね……冷静に考えたらお弁当作ってくるとかきもいよね……どうしよう調子にのっちゃったかも……」
「いやそういうことじゃないって。ていうか……弁当作ってくるってことは、付き合ったの? 黒瀬と」
「えっ?! 違う違う! 付き合ってない!!」
ぶんぶんと首を横にふるわたしを見て、きくちゃんが「ふうん……」と珍しく眉を顰める。告白はされたけど、付き合ってるわけじゃない。だって、私が好きなのは。
『でも、気持ちを伝えて諦めがつくこともあると思うんですよね』
ふと突然、昨日黒瀬くんに言われた言葉が頭をよぎった。なんで突然こんなこと思い出すんだろう。
ふときくちゃんを見る。でも、黒瀬くんの言う通りなのかもしれない。だって、わたし、一体いつまできくちゃんへの気持ちを抱えておくんだろう?
報われなくても、叶わなくても、いいと思ってた。きくちゃんの幼馴染というポジションで、近くにいれたらそれでいいって。
でも、本当にそれでいい? 真っ直ぐぶつかってきてくれる黒瀬くんに向き合うには、まずは自分のこの気持ちに、向き合うべきなんじゃないの?
「……き、きくちゃん」
「ん?」
横を歩くきくちゃんの顔は見れない。でも、その優しい声になんだか泣きそうになったりして。
今日、朝早く起きてよかった。早朝だから、もうすぐ学校に着くけれど、あたりに誰もいない。
なんでだろう、わたし、こんな時に黒瀬くんの顔ばかり思い出してる。
「……わたしね、ずっと、きくちゃんのこと……すきだった」
普段なら、絶対に言うことなんて出来なかったのに。朝の空気に自分の声が溶けていって、思いの外すんなり言葉にできたなあと、カバンの紐をさらにぎゅっと強く握りしめた。



