◇
中学2年、夏休み。
その日はきくちゃんが最後の大会を控えた前々日だったと思う。地区大会にそなえて隣の市の強豪校と朝から練習試合。私はその時から帰宅部だったから、きくちゃんを一目見ようと大勢の女の子に混ざって応援に駆けつけた。(思えばその時からサッカー部キャプテンのきくちゃんは人気だったなあ)
前日からレモンの蜂蜜付けを仕込んで、朝にはそれを炭酸水で割って飲みやすい蜂蜜レモンドリンクにして。
朝からそんなことをしていたものだから、試合開始には間に合わなかった。正門から入るには人が多くて、わざんざ裏門から入って校舎裏からグランドまでの隠れ道を通ったんだった。
そして、その時、見てしまった。渡り廊下の隅にしゃがみ込んだ男の子を。
もう既に夏が始まっていたから、私は暑さで体調不良かと思って思わず声をかけたんだ。
『だ、大丈夫?!』
男の子はゆっくりと顔をあげたけど、黒いキャップを深く被っていて顔はよく見えない。けれど座っていてもわかるバランスのいいスタイルときめ細かい肌は今でも良く覚えている。
『体調悪いの?』
年下だろうな、と思った。私よりも身長が低くて、骨格が女の子のように細かったから。
『……』
『ごめんねいきなり話しかけて、でも熱中症だったら怖いから……』
『いや、べつにそういうわけじゃないので……』
『ほんと? ならいいんだけど……あっ、そうだ良かったらこれ貰って! 美味しいかわからないけど……』
今思えば、見ず知らずの男の子にそんなものを渡すなんてどうかしてる。でもその時は、体調が悪そうに見えた軟弱そうな男の子が、ひどく心配になってしまって。
わたしはきくちゃん用の他に予備として何本か持っていた蜂蜜レモンドリンクを1本男の子に差し出した。
『あ、えっと変なものは入ってないよ?! ただ水分補給だけは……と思って!』
『……キャップでわかると思いますけど、おれ、今日の試合相手ですよ』
『え? うん? でも体調悪いのとそれとは全く話が違うよ』
一瞬びくりとして驚いた様子だった男の子は、渋々と差し出したそれを受け取ってくれた。それでもずっと彼から嫌悪感を感じていたので、わたしはゆっくり立ち上がる。
『この渡り廊下真っ直ぐ行くと保健室があるから、本当に悪くなったらすぐに行ってね。夏休み中だから先生いるかわからないけど……』
『……大丈夫です。試合はじまってますよ』
『わーごめんね勝手に話しかけて……それじゃあ私は行きます!』
びしっと敬礼をして身を翻す。声はしっかりしていたから、もしかしたら私はお節介だったかも。でも熱中症だったら困るしね。
振り返らずその場を去って、ずっと忘れていたけれど。
今思えば、きっとあの時の男の子が─────黒瀬柚くんだったのだ。
中学2年、夏休み。
その日はきくちゃんが最後の大会を控えた前々日だったと思う。地区大会にそなえて隣の市の強豪校と朝から練習試合。私はその時から帰宅部だったから、きくちゃんを一目見ようと大勢の女の子に混ざって応援に駆けつけた。(思えばその時からサッカー部キャプテンのきくちゃんは人気だったなあ)
前日からレモンの蜂蜜付けを仕込んで、朝にはそれを炭酸水で割って飲みやすい蜂蜜レモンドリンクにして。
朝からそんなことをしていたものだから、試合開始には間に合わなかった。正門から入るには人が多くて、わざんざ裏門から入って校舎裏からグランドまでの隠れ道を通ったんだった。
そして、その時、見てしまった。渡り廊下の隅にしゃがみ込んだ男の子を。
もう既に夏が始まっていたから、私は暑さで体調不良かと思って思わず声をかけたんだ。
『だ、大丈夫?!』
男の子はゆっくりと顔をあげたけど、黒いキャップを深く被っていて顔はよく見えない。けれど座っていてもわかるバランスのいいスタイルときめ細かい肌は今でも良く覚えている。
『体調悪いの?』
年下だろうな、と思った。私よりも身長が低くて、骨格が女の子のように細かったから。
『……』
『ごめんねいきなり話しかけて、でも熱中症だったら怖いから……』
『いや、べつにそういうわけじゃないので……』
『ほんと? ならいいんだけど……あっ、そうだ良かったらこれ貰って! 美味しいかわからないけど……』
今思えば、見ず知らずの男の子にそんなものを渡すなんてどうかしてる。でもその時は、体調が悪そうに見えた軟弱そうな男の子が、ひどく心配になってしまって。
わたしはきくちゃん用の他に予備として何本か持っていた蜂蜜レモンドリンクを1本男の子に差し出した。
『あ、えっと変なものは入ってないよ?! ただ水分補給だけは……と思って!』
『……キャップでわかると思いますけど、おれ、今日の試合相手ですよ』
『え? うん? でも体調悪いのとそれとは全く話が違うよ』
一瞬びくりとして驚いた様子だった男の子は、渋々と差し出したそれを受け取ってくれた。それでもずっと彼から嫌悪感を感じていたので、わたしはゆっくり立ち上がる。
『この渡り廊下真っ直ぐ行くと保健室があるから、本当に悪くなったらすぐに行ってね。夏休み中だから先生いるかわからないけど……』
『……大丈夫です。試合はじまってますよ』
『わーごめんね勝手に話しかけて……それじゃあ私は行きます!』
びしっと敬礼をして身を翻す。声はしっかりしていたから、もしかしたら私はお節介だったかも。でも熱中症だったら困るしね。
振り返らずその場を去って、ずっと忘れていたけれど。
今思えば、きっとあの時の男の子が─────黒瀬柚くんだったのだ。



