黒崎くんの声が、少しだけ低くなった気がした。
私がきくちゃんを好きなことを知っていて、わざと見せないように視界を奪った黒瀬くんはやさしいね。
そして、黒瀬くんが私のことを好きだと言ってくれるのに、きくちゃんを諦められない私は大概バカヤロウだ。
「……だから、見て欲しくないって言ったのに」
ふと。黒瀬くんの指先が、私の頬に触れた。
そして、はじめて気づく。自分の片目から、涙が溢れていたことに。
黒瀬くんは優しく私のそれを拭い取ってくれた。
「あ、うそ、ごめん、なんか勝手に……」
「なんで謝るんですか」
「だってこんなところ、見せるなんて、」
こんなこと、もう慣れっこなのに。だって、きくちゃんに彼女がいたことなんて、何回もある。私はその度に作り笑いをして、仕方ない、こんな恋叶うわけがないって、胸にしまってきたはずなのに。
今日、黒瀬くんに気持ちがバレていることを知って、気が緩んだのかもしれない。泣いているところを見せるなんて、最悪だ。そして最低だ。
「……泣かせないですよ」
「え、?」
「俺なら、絶対、ナツ先輩のこと泣かせないのに」
「え、っと、」
「……なんて、強がりです。先輩はきっと、今までも気持ち押し殺してきただろうから。泣ける時に、泣いてもいいと思います」
「な、なにそれ……」
「思う存分泣いて、菊池先輩のこと諦めてください」
黒瀬くんが、そう言った理由が、わかった。
その瞬間、ベンチに座ったままきくちゃんがゆっくりとマネージャーに近づいて、2人の影が、重なった。
もう見なくていいとでも言うように、黒瀬くんが私の右手をそっと引いた。あまりにも自然で優しい触り方をするから、手を繋がれたことに一切違和感がなくて。私はそのまま手を引かれて歩きだす。
きくちゃんがいた公園に背を向けて、ゆっくりと、オレンジ色に染まった夕暮れの道を黒瀬くんと並んで歩み出した。
途端に、さっき見た光景が、頭の中をぐるぐると回る。
キス、した。見て、しまった。
彼女はいないって言ってたのに。いや、でも、もしかしたら、タイミングよく、今日告白したのかな。それくらいきくちゃんの顔が、目が、マネージャーのことを好きだと物語っていた。
もうずっと、きくちゃんの横顔を見てきたから、それくらいわかるよ。
じわじわと溢れるものを止めることができなくて静かに涙を流すと、それに気づいたのか、黒瀬くんが手を握る強さを強くした。ぎゅっと握られた手のひらから彼の温度が伝わってくる。
ごめんなさい、わたし、最低だよね。黒瀬王子と呼ばれているのに、こんなふうに利用して、最低だ。
でも、私、いま、1人じゃなくてよかったって思ってる。
「ごめん、黒瀬くん……」
「こんな時に1人にさせなくてよかったです」
「……っ」
「でも、俺も人間だから、好きな人が他の人を見てるのは、ちょっと苦しいです」
「ごめ、ごめんね、」
「なんて、冗談ですよ」
嘘つき。
片思いしている相手が他の誰かを想っている。そんなの、どれだけつらいかなんて、私が1番よくわかってるよ。ごめんね、黒瀬くん。
でも、今は、きみの手を離せそうにない。弱くて、ずるくて、ごめんなさい。
「……早く振り向いてください、辛い顔しないで」
歩きながらぼそりと言った黒瀬くんの言葉は、聞こえないふりをして、私は声を押し殺して泣いた。我ながら最低だ。
でも、きくちゃんを好きだと自覚してから。
はじめてこんなに、人前で涙を流した。叶わない恋だってわかっていたけど、急にリアルにそれが振りかかってきて。
わたし、やっと、きくちゃんへの恋心を表に出せた。
それは、間違いなく、隣を歩く、黒瀬くん、きみのおかげだ。



