シトラス・セブンデイ




「だーかーらー! ごめんって! でもさーまさかあの柚がこんな学校でキスしようとしてるなんて思わないじゃん? てかナツ先輩もスゴイねー、お盛んって感じ?」

「断じて違うからッ!!!!」



あの後わたしからゆっくり離れた黒瀬くんは、はあ、とため息をついてから果梨くんにひとこと、『邪魔』と呟いた。

果梨くんが教室の扉を開けた時、あの角度からだと、私と黒瀬くんがキ、キスしているように見えても仕方がない。(キスなんて言うのも恥ずかしいけど!)

隣にいる黒瀬くんは不機嫌で黙っているし、果梨くんは興奮してずかずか教室に入ってくるしで散々だった。

そんなこんなで、なぜか私たちは3人で並んで帰り道を歩いているのだった。



「……てか、果梨、邪魔なんだけど」

「邪魔ってひどいなー。俺だって帰り道同じ方向じゃん?」

「せっかくナツ先輩と帰れると思ったのに……」


ボソッと黒瀬くんがつぶやいたことには気にもとめず、果梨くんは上機嫌でなにやら今日の出来事をつらつら話している。なんなんだ、この状況……。

ていうか、わたしってもしかしてもしかすると押しに弱すぎるかも。告白された時から、黒瀬くんの行動にぜーんぶ流されてる気がする。最悪だ。

でも、でも、こんなに顔がいい人間に言い寄られて、ぐっとこない方がどうかしてる!


「てかー、やっぱりナツ先輩、身体で柚のこと落としたんじゃん?」

「ち、違うから!」

「……果梨、殺すぞ」

「柚コワッ! ナツ先輩タスケテ」


慌てて私の後ろに隠れた果梨くん。それ、きっと逆効果だと思うけど……。案の定ひんやり冷たい目をした黒瀬くん。それには目もくれず果梨くんが続ける。


「もーそんなに怒んなよ、ナツ先輩だってそういうこと初めてじゃあるまいし、柚だって、」


そこまで言って、果梨くんが口を噤んだ。あまりの黒瀬くんの殺気を感じたからだ。これには私も背筋が凍る。

ちょ、ちょっと黒瀬くん、目が怖すぎだって。目が!!


「……果梨おまえ、デリカシーって言葉知ってる?」

「柚には言われたくねーよ!」

「てかナツ先輩でそういうこと想像すんのやめろ、おまえのこと殺しかねない」

「コワッ、女神かなんかだとでも思ってる?! 今時そんなピュア女子高生いねーよ柚! 目を覚ませ!」

「うるせーよそんなこと想像したら嫉妬で俺が死ぬだろ」

「お前どこまでこのちんちくりんにハマってんの?!」

「ちょ、ちょっと2人とも……いくら私が絶滅危惧種のピュアガールだからと言って本人目の前でその言い合いはドウナンデスカ?!?!」


段々エスカレートしていく2人に挟まれた私は居た堪れなくて、つい口を挟んでしまった。

すると、後ろに隠れていた果梨くんが驚いたように私に顔を向ける。


「絶滅危惧種のピュアガールって……ナツ先輩、まじ? 彼氏とかいたことないの?」

「な、ないよ…… 生まれてこの方恋愛とは無縁な人生を送ってきたんだから……」


ていうかそんなこと言わせるな! 悲しいでしょうが!

すると、目の前の黒瀬くんがハッとした表情をしてから、ゆるゆると右手を口元に持ってきて顔を赤らめた。

え、え、どういうこと? どういう感情?


「え、えっと? 黒瀬くん?」

「……やばい、先輩の初めてが全部俺になるかもしれないって思ったら、嬉しすぎて」

「え、え、エッーーート」

「やべーコイツ一瞬であらゆる想像しちゃってるわ」

「果梨、おまえが想像したらぶっ殺す」

「しねーよ!!! てか想像すんなよ!」

「いや、最後まで出来てないから。神聖すぎて」

「ナツ先輩、コイツ顔だけ整ってるけど思ったより重症のど変態っすね」



私はわなわなと震えて、「もういい!最低!」と言って走り出してしまった。

ああ神様仏様、こんな状況であと1週間もつんでしょうか? 前途多難にもほどがあるんですが────

後ろから黒瀬くんの私を呼ぶ声がした気がするけど振り返らない。シトラスの香りが、まだ鼻の奥をくすぐっていたからだ。