「あの、今日は別々に帰った方がいいですよね……」

「うーん、あの校門を見る限りそうダネ……」

「そうですよね、」


残念そうに肩を落として校門を見る。

黒瀬くんには悪いけれど、あの中をこの学校で知らない人はいない黒瀬王子の隣を歩いて通過するなんて私には正直無理だ。裏門を抜けるにしても、黒瀬くんといたら誰かしらには見つかるだろうし。



「……じゃあ、明日は、お昼、一緒に食べませんか」

「うーん、でも黒瀬くん目立つし、私なんかが一緒に食べてもいいんでしょうか……」

「東校舎の一番奥の空き教室とかなら、見られない、です」

「う、」

「……ダメですか?」



あ、またこれだ。

何かをお願いするとき、「ダメですか?」と聞くのはずるすぎる。一体どこでそのスキルを身につけたのだろう。いや、顔がいいからまかり通るのかもしれないけれど。



「わ、わかった。じゃあ明日、お昼に、ね」

「やった、ありがとうございます先輩」



目の前で軽くガッツポーズ。おかしい。私の中の"女子に冷たい黒瀬王子"のイメージがどんどん崩れていく。



「じゃあとりあえず、今日は時間差で帰ろっか。私は裏門から出るから、黒瀬くんはもう少し時間が経ってから帰れる?」

「わかりました、ごめんなさい、送っていけなくて……」

「ううん、私の我儘だししょうがないよ」

「あ、あの、ナツ先輩、」

「うん?」

「……今日の朝とお昼に言ったこと、嘘じゃないですから、」

「お昼、?」

「一週間で、先輩のこと、振り向かせます、……好きになって下さい、俺のこと、」



本当に、きみはどストレートだ。




「……その返事は、一週間後、だね」



はい、と苦笑いをした黒瀬くんに手を振って、廊下に誰もいないことを確認して教室を後にする。



なんだかふわふわした気持ちだ。今日のことはすべて夢の中の出来事みたい。なんとなく制服のにおいに鼻をよせると、ふわりと、シトラスの香りがした。それにドキリと心臓が鳴る。



───黒瀬くんの香水のにおいが、うつったみたいだ。