お仕事から帰ってきた六花は酷く疲れきっていて、昼間の少女のことを聞ける雰囲気ではなかった。
籠いっぱいの毒林檎をお城に運び込んでどうするつもりなのだろう。



あの城は厳重警備が敷かれているから、毒林檎を持ち込むことは困難な筈。
お妃様が来てからあの城の人間は人が変わったように闇に染まってしまった。
自分の命が狙われることが解っているから、毒物や武器の持ち込みには警戒している。




それにあの少女が殺し屋にはどうにも見えなかった。
裏稼業をするにはあの四肢は細すぎるし、毒林檎で殺したあとに逃げ切るだけの足の早さを持っているとは思えない。




ということはあの少女はお城から派遣された殺し屋なのだろうか。
足の早さを必要としない場所でターゲットを毒林檎で殺して……。




「望まない仕事に就く人が少しでも少なくなると嬉しいわね」





殺し屋だけじゃない。
麓の街では望まぬ仕事に就かざるをえない少年少女がたくさんいるのだと、雑誌に記載されていた。
きっとあの少女もその1人。
望まずにあの林檎を手にしている筈。





あの悲しげに揺れる少女を助けたい。
何でそう思ったのかなんて解らないけれど、強く強く少女の無事を願った。
少女を助けることで得られるものが多いからだろうか。




助けることで得られる絆や、思い。
きっと目に見えないそれらだけではなくて、あたしが変われる気がした。




この胸で燻る熱い想いを素直に告げられるあたしになれる気がするし、箱入り娘ではなく知識を持った才色兼備にだってなれる気がするし。




だから本気で家出する時が来るのなら、あの少女を助けるためにここを出たい。
自分のためだけならすぐに弱音を吐いて六花に泣きつくんだろうから、あの少女のために。




人間他人のための方が動けるって言うでしょう?