『そうなんですぅ、だから、親は戻ってこいってうるさくってぇ……。
……先生は、東京には戻られないんですかあ?』

東京? 思わずその言葉に固まってしまう。
それって……。

『とりあえず、今んところ、戻る気はねえなあ……』
返答するその声に私は眉をしかめてしまった。

(──麻生先生と、宮坂先生だ)
そうと知れるだけで、なんとなく気分が滅入る感じがする。

『ふふっ、宮坂先生みたいな人が、一緒に東京に帰ろうって
言ってくれたら、すぐ帰っちゃうんですけど』
なんだか麻生先生の声が、オンナの媚そのものって感じで、
糸を引きそうなくらい甘くて、私は気分が悪くなる。

『そうか? 俺はこっちの方が落ち着くけどな?
海はきれいだし、魚は美味いしな』
そう言って彼は麻生先生の言葉を軽く流す。

『……えええ? もしかして宮坂先生ってば、
こっちに好きな人でもいるんですか?』

『さあ、どうだろうなあ……。
それで、相談事ってのは、それだけか?』
その言葉と同時に、こちらに向かって、
歩いてくる足音が聞こえて、
私はあわてて、ドアをノックする。

「すみません……」
そう声を掛けると、
「ああ、佳代か。懇談会、お疲れさん……」
そう言って、ドアを開けたのは宮坂先生だった。

「……てか、懇談もう終わったんだろ?」
そう尋ねてくるから、
「書類、忘れちゃって……」
私の言葉に、麻生先生が宮坂先生の横にやってきて、
彼の肩に手を置いてから、その書類を私に渡す。

「ふふふ、お疲れ様でしたぁ~」
そう言って、軽く部屋から押すように書類ごと私を押す。
私が一歩後ろに引くと、

「佳代、どうせこれから帰るんだろう?
ちょっと待っとけ、俺も今日は帰るし、一緒に出るわ……」

言いながら彼は、私の横をすり抜けて、
彼は職員室に向かう。

その背中を見送って、次の瞬間視線を感じて振り向くと、
麻生先生がキツイ目で私のことを見ていて、

私は思わず視線をそらして、その場から逃げ出した。