彼女は今でも彼の心を捕えていて
彼の深い愛情に報いるわけでもないのに、
それでも彼女の存在は彼を独り占めしている。
ズルイよ……。
そんな風に思ってしまう自分は、なんて心が狭い人間なんだろう。

こんな性格の悪い私に比べて、
彼女はそれだけ魅力的な人なんだろうか?
彼にとって特別な人なんだろうか……。

私はそんな存在には一生なることはできないんだろうな。
それでも、彼のことがこんなに好きなのに。

そんなことを思って、でも、先に踏み出す勇気もなくて、
私は呼び鈴を押すことも、ノックすることもできない。

額を扉に押し付けたまま、
私はシンとした夜の空気の中で、
空気のかすかな動きを体で感じ取っていた。

どうやら、電灯もついてなくて、
きっと彼はまだ帰ってない。
まだ『穂のか』にいるのかもしれない。

そう思っても、そこから立ち去る気にもなれなくて、
しばらくそうやってそこに立っていたけれど、
そのうちなんか、一気に疲れが出てきてしまって、
ずるずると、扉に背をもたれかけさせて、
扉の前に座り込んでしまう。

腰を床に下ろして、
膝を抱えて座って、頬を自らの膝に押し付けている。

「……結局私、どうしたいんだろう……」
そう呟いていると、涙が零れそうで、
慌てて、膝に目を押し当てる。
そうこうしているうちに、
何だか一気に出た疲れと、少しだけ飲んでいたせいで、
気が抜けたようになってしまった。

「……はあ……」
ため息をついて、どうしようか迷ってしまう。
勢いでこんなところに来てしまったけど、
彼はいないし、やっぱり帰る方がいいのかな。

そう思いながら、
さっき、ほとんど彼と会話ができてなかったし、
なんだか酷く凹んだ気分だから、
どうしても彼に逢いたいような気がしていた。

「……遅いなあ……」
そんなことを呟きながら、座り込んだ姿勢のまま、
気づけばうとうととし始めてしまう。

「……拓海のバカ……」

こんなに私を苦しいのは、拓海がいけないんだからね。
そんな馬鹿なことを呟きながら、
私は緩やかに意識を落としていく……。



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