貴志に部屋の外に追い出されて、
私はそのまま、しばらく呆然としていた。
曲が一曲流れ終わる頃になって、
お店の人が、ちらちらとこちらを見ているのに気づいて、
慌てて、バックを手に抱えて、お店を出ていく。

出てから、貴志のところに戻るっていう
選択肢もあったことに気づくけど、
例え彼の元に戻って、今謝ったとしても、
私の気持ちはもうきっと、
彼は感づいてしまっている……。

結局私は彼を傷つけただけだ……。
激しい自己嫌悪に陥りながら、
私はとぼとぼと道を歩いていた。

……でも、急に男の顔になった、貴志が怖かった。
どこか、暴力的な色合いを深めた、
男性の力に、どうしようもなく嫌だと思ってしまった。
そんな気持ちで、
街を半分泣きそうな気持ちで歩いていると、

「ねえ、彼女!」
ふっと顔を上げると、
多分島の外から来たサーファーっぽい感じの男の人が、
軽い調子で話しかけてくる。

「ねえねえ、彼女可愛いね。
ちょっとこれから飲みに行くんだけど、
一緒に行かない?」
それはよくあるナンパのような声のかけ方だったのだけど、
男の人が怖い怖い、と思いながら
歩いていたから、その軽く伸びてきた指先に、

「きゃ、きゃああああああ」
思わず悲鳴を上げてしまう。
周りの人が一斉に振り向く。

「な、なんだよ、頭オカシイんじゃねえの?」
そう言い捨てて、その男が、こちらを睨みつける。

「あ、ごめ……んなさい……」
周りの人と、目の前で睨みつける男の視線が怖くて、
思わずその場から走り出してしまった。

何だか涙が零れてきそうだった。
ぎゅっと目をつぶって、それをこらえる。
歩きなれた街を走り抜けて、
気づけばひとつの家の前に着いていた。

家に帰るのは、隼大に心配かけそうだったから、
そんな言い訳を頭の中でしながら、
もしかしたら、貴志の言った
最後のセリフが頭に残っていたかもしれない。
ふとそんなことを思っていた。

『一番行きたいところ』

それは、一番逢いたい人が居るはずの場所で。

ふとその部屋の扉の前で立ち止まってしまう。
前来た時は、彼が風邪をひいていた時だった。
あの時に、初めて、彼女の存在に気づいたんだった。

あれより前にも聞いたことないし、
あれより後にも聞いたことない、
そんな、優しい、優しい声で、彼は彼女の名前を呼んだ。
そのことを思い出すだけで、呼吸が苦しくなる。

胸が痛くて、壊れてしまいたくなる。
それなのに、私はまだ、
彼のことが好きで、彼のことしか好きになれない。

この苦しくて、切ない片思いの始まりは、
あそこがスタートラインだったのかもしれない。