「……んんっ……」
そのまま唇を舌先で割られて、
彼の舌が私の口内を撫でまわす。
その感覚がたまらなく嫌で、
その嫌悪感が、この間のあの男を思い出してしまう。
ゾクゾクとする、悪寒に、私は思わず彼の肩を押してしまう。

「……やめて……」
気づけば涙が零れそうで、
濡れた瞳でそう呟いていた。

次の瞬間、彼が私の肩にもう一度手を伸ばして、
そのまま、私に体重をかける。
ソファーに押し倒されるようにされて、

「…………やっぱりアイツじゃないとダメなのか?」
そう言って、もう一度キスをしてこようとするから、
もう、嫌悪感がどうしようもなく抑えられなくて、
私は、彼の体を力を込めて突き飛ばそうとする。

だけど、やっぱり上からのしかかる男の人の力は強くて、
手首を痛いほど抑え込まれていて全然動けない。
「……なんで俺じゃダメなんだよ……」
そう苦しげに言う彼の声に、はっと気づいて、
思わず抵抗する力が抜ける。

その代り、涙がぽろぽろと、止めどもなく零れてくる。
目じりにたまった涙が、頬を伝って落ちていく。
その涙は、耳を濡らし、私は一瞬しゃくり上げてしまう。
しばらく、私がすすり泣く声だけが、部屋の中に響く。

ふっと、私の手首を拘束する力が弱まる。
「…………」
額にささやかな唇の感触があって。
「……お前って本当に馬鹿だよな……」
そう言って、
貴志が悲しそうな瞳の色のまま、大きくため息をつく。

「……まあ、俺も十分馬鹿だけどさ……」
そう言って私を彼の腕の中から解放する。

「……つまんねーから、帰れ」
そう言って、彼は私の手首をつかんだまま、
部屋の外に私を荒っぽく引っ張り出す。

「そんでもって、一番行きたいところに行ったらいいじゃんか……」
頭の上から、貴志の何とも形容しがたいような、
不思議な声が降ってきて、
次の瞬間、パタンと遮音性の高いカラオケボックスのドアが閉じられて、
私はしばらくその部屋の前で、立ちすくむ。
ドアの向こうで、微かに、私が歌ってと貴志にリクエストした曲が、
歌う人もなく、流れ始めていた。