「いい加減にしてください!」
そう私が言って、その腕から逃れようともがいていると、
「な~んか、そんなの見ると、余計ヤっちまいたくなるな……」
そう耳元で、湿った呼気を吹きかけられて、
背筋を冷たい汗が流れる。

吐き気が出るほど嫌でたまらない。

「もう、本当に冗談やめてください」
恐怖で震える声でそう言いかえす。
周りを見渡しても、知り合いどころか
彼ら以外の人影も見当たらない。

そのまま車に引っ張り込まれそうになって、
思わず視界が涙でゆがむ。

「もう、本当にやめてください!」
そう、涙声で訴えると、
「いいねえ、もっとそんな声で『ヤメテ』とか言わせたいねえ」
私を捕まえている男はそう下卑た言い方で私をからかう。

カッとなって、その顔を叩いてやろうと思った瞬間、


「そうだなあ、やっぱりいい加減にした方がいいんじゃないか?」
そう、電話先で聞きなれた声がする。
思わず振り向くと、そこにいたのは、宮坂先生で。

「ここですか?
はい、消防署の裏です。
……ええ。タチの悪い観光客のようですね」
どこかに電話しているように話している。

ひょいと電話から顔を上げて、

「──今警察呼んだからな。
旅行先で酒に酔って、つい羽目を外したのが、
一生のケチの付き始め、ってのが嫌なら、

そいつを置いてさっさと
ここを立ち去ったほうがいいぞ」

携帯電話を持ったまま、
こちらに向かってよく通る声でそう言い放つ。

一瞬私と目が合うと、ニヤリと笑って、
私だけにわかるように一瞬、ウインクをひとつ飛ばす。
こんな状況で、そんなくだらないことをするのを、
馬鹿じゃないと思いながらも、安堵に小さく笑みがこぼれた。