天使の歌声と称されるほどの実力をもつ

ソプラノ歌手の母。

その綺麗な歌声を引き継いだのは

弟の郁だった。



私は郁の半分も

母のような歌声を出す事は出来なかった。



“私の子なのに……”



母が私を見る目はいつだって否定的だった。


だから………



『悪りぃな、声が聞こえたから。』



誰かに自分の存在を気づいて欲しい。

そう心のどこかで願いながらも………

自分の声を聞かれるのは

嫌だった。



『ッッ………』



只でさえ、平凡な声なのに

今日の声はいつもより数倍酷い声で

歌ってしまった。

がむしゃらに叫んでしまった。

それを…………


よりによってこの男に聞かれるなんて。


ジャイ●ンみたいな下手くそな歌声なのに

朝日のように感じた

よく分からない男。


1円の価値しかないと言ったこの男の歌声。

でも今日の私の歌声は

その1円の価値より劣るだろう。

私はバツが悪いかのように

口を閉じ、視線を下げ、

その場を去ろうとした。


けれど



『待てって!』



去ろうとした私の腕を男は力強く掴んだ。

私の腕にも力が入る。


とうせ………

私の歌声も酷いものだと

馬鹿にしたいのだろう。

それとも…

あまりにも酷くて

哀れむつもりなのだろうか。


どちらせよ不愉快な気持ちになるのは

目に見えていた。



『は、離してくださいッッ!』



罵倒にせよ哀れみにせよ…

今は聞きたくない。


けれど…………



『お前、最高にロックな声してんなっ!』



私の予想を遥かに越えた男の言葉に

私の体も思考も

ピタリと止まった。