君じゃなければ




どうしてあなたには、こんな事も出来ないの。


違う。そうじゃない。


どうして分からないの。


…どうせあなたには出来ない。




幼い頃、何度耳にした言葉だろう。

否定的な言葉。

深く胸に突き刺さって、今でも覚えている。


音楽は私にとって可能性を広げてくれるものではなかった。

自分がいかにちっぽけで、とるに足りない存在か…


嫌というくらい教えるものだった。



『勉強もいいけど、確か…もうそろそろ病院に行く日よね。私も付き添うわ。』


『“いいよ、病院くらい1人で行ける”』


『でも……』


『“姉さん、俺はもう中学生だよ。”』



中学生といえど私にとっては弟。

でも、あまりベタベタされるのも嫌かもしれない。

親離れならぬ、姉離れが始まっているのかと少し寂しく思えた。



『“それより姉さんこそ、何かあった?”』


『え?』


『“最近、少し変だよ。前よりもっとボーッとしてる事多くなったし”』



姉離れは自然な事。

寂しく思うなんてどうかしてる。

姉離れしても、きっと郁はちゃんと私を見てくれるのに。



『前よりってどういう事?私はいつだってキリッとしてる。』


『“ははっ。面白い冗談”』


『何ですって!もーっ!』



私は郁の腕をバシバシ叩いた。

不思議と笑みがこぼれる。



二人で歩く帰り道。



こんなに笑いながら帰るのは何年ぶりだろう。

だが、気づいていた。


心の底から笑えているのではない事に。



そして気づいていなかった。



姉離れなど始まっていない事に。