君じゃなければ




彼の声は一度聞いたら耳から離れない。

何故なら、それくらい酷すぎる音痴だから。


彼のギター演奏も、他の人には真似する事が出来ない。

何故なら、それくらいアレンジし過ぎて音が音ではなくなっているから。



彼の存在はどうしても忘れる事が出来ない。

それはきっと……



彼が失礼で横柄で…めちゃくちゃな人だから。




だから私は

彼の声が、

奏でる音が、

彼自身が忘れられないのだと…



ずっと自分に言い聞かせた。




頭の中には良くも悪くも彼がいて、四組の後藤君の存在など簡単にかき消されていた。

その証拠に、残りの授業にはなんら影響なく、淡々と時間は過ぎて行った。

もちろん、他の生徒の事は知らない。


あの後、皆がどう思ったのか。

特に緑川さんがどう思ってたか…なんて。


私が知るはずがない。


いや、知ろうともしなかった。

正直、どうでも良かったから。




私は帰りのホームルームを終えると、携帯を取り出し、メールをうった。




“終わったよ。今から向かうね”




そのメールの返信はいつものように早かった。



“分かった。いつもの場所で”



私は荷物をまとめて、何事もなかったかのように、教室を後にした。


いつもの場所。


そこに私の足が向かう。

階段を下りて、靴をはき、校門をぬける。


学校沿いの歩道をグルッと歩き続けると……




『郁っ!』




赤い自動販売機の近く。

いつもの場所。

そこに弟の郁が待っていた。