私は世の中の事はあまり知らない。
だってまだ子どもがから。
でもきっと世の中のどんな兄弟よりも私が一番弟を大切にしている自信がある。
ベビーシッターさんに教えてもらって郁のオムツも交換が出来るようになったし…
まだミルクは作れないけどベビーシッターさんより上手にミルクを飲ませる事が出来る。
あやし方だって私の方が上手。
郁は私を見るだけで笑ってくれるんだから。
それがとても嬉しかった。
郁の世界には私がいる。私がいてもいいんだと教えてくれる。
郁との時間…それは私にとってかけがえのない時間だった。
でも……
それは郁が赤ちゃんの時までの話。
私が七歳になり郁が三歳になった頃、郁は音楽の才能の片鱗を見せはじめていた。
その事に最初に気づいたのは他でもない私だった。
私はその事が誰にも知られないように口にしなかった。
そしてピアノがある部屋にも他の楽器がある部屋にも郁を近づけさせないようにした。
誰にも…知られてはいけない気がしたのだ。
けれど郁の才能は隠しておけるものではなかった。
郁は母親譲りの美しい歌声をもっていたのだ。
それに気づいた周囲は父と母にすぐさま連絡をとった。
音楽家の家庭においてそれは重要な事だったらしい。
私の小学校の入学式には帰ってこなかった父と母も、嘘のごとく家に帰って来た。
郁に音楽の英才教育を受けさせる為に。
ああ…私はまた一人ぼっちに逆戻り。
楽しそうに音楽を教える父と母。郁もとても嬉しそう。
私はその楽しそうな輪の中に入っていく事は出来なかった。
私は音楽の才能に恵まれなかったのだから。

