一つ屋根の下。


郁と一緒の生活は自分でも驚くほど、すんなり受け入れる事が出来た。

昔住んでいてたから勝手が分かるというのもあるのだろうが、それだけではない。


郁の声が出ない事。


それは思っていた以上に、私達姉弟にとって、なんの支障にもならなかったのだ。

それに郁は、私との間に壁を作ろうとはしなかった。

昔のまま。

昔と変わらない優しい眼差しを私に向けてくれていた。


新しい学校にも馴染むのにそう時間はかからなかった。

町の中でも指折りの進学校。

郁はその学校の中等部、私は高等部に通った。


声が出ないというハンデを持ちながらも、郁の輝きは欠ける事がなかった。


すぐに輪の中心となり、遠くから見るだけでも楽しそうな雰囲気が伝わってくる。

進学校であった事が良かったのかもしれない。

音楽と美術は選択科目であり、無理して音楽を選択する必要もなかった。

声が出ず、手が麻痺した事のある弟にとって、音楽という教科がどれだけ辛いか……

想像するだけで胸が痛くなる。


いや、これは嘘だ。


郁にとって良かったのではない。

これは私にとって良かった事。



私にとって音楽は、関わりたくないものになっていた。

出来ればもう二度と…。

遠ざけて遠ざけて、自分の辛い思い出に蓋をしたい。



私は郁の声が戻る事を祈りながら……

もし声が戻った時、郁が音楽と向き合ってしまったら…と怖かった。



私は未だ、音楽と向き合う勇気が持てていなかったから。