駅まで迎えに来てくれた弟の郁と私は、新しく住む家ヘと向かった。
都会での治療は順調だったらしく、右手の麻痺は普段の生活では何の問題もないらしい。
弟はスマートに私が持っていた荷物を持ってくれた。
そんな事しなくていいのに。
治療経過を見せたかったと言われてしまえば、私もそれ以上断る事も出来なかった。
“言われた”といっても、声が出るわけではない。
私がそれを読み取っただけ。
読唇術。
郁に会えない年月、私も何もしてこなかったわけではない。
それを知ってから、私はひたすら読唇術の勉強をした。
いつか郁と会える時の為に。
そして、その勉強が今役に立っているのだ。
郁と並んで歩く道。
こんな風に肩を並べて歩くのは何年ぶりだろう。
姉弟で歩くのは恥ずかしくて、嬉しくて、でも…少しだけ怖い。
体と心が覚えているのだ。
忘れられない記憶を。
手が微かに震える。
『え……』
私の手が震えている事に郁は気づいたのだろう。
左の手でギュッと力強く私の手を握りしめた。
不安も恐怖も包み込んでくれる郁の手に私はビックリした。
郁の手はこんなに大きかっただろうか。
手だけではない。
私が見上げないといけないほど、郁は大きくなっていた。
大丈夫、心配いらないよ。
そう私に言ってくれているみたいに…
その左手は温かかった。

