私は母のお腹に弟の郁(いく)がいる事が、凄く嬉しかった。
私はお姉ちゃんになるのだ。
もう一人ではない。これからはいつも側に郁がいてくれる。
それに母も少しの間仕事を休んで一緒にいてくれる。
それはもちろん弟である郁の為だけど…。
この際わがままは言ってられない。
私は優しいお姉ちゃんになる。
そうすればきっと父と母にもう一度優しい眼差しを向けてもらえるだろう。
私は郁が生まれてからもずっと母の支えになれるよう、たくさんお手伝いをした。
母の手間にならないよう自分の事は自分でするようにしていた。
母に優しく抱っこされてる郁をうらやましく思いながら。
でもいい子にしていたらきっと私も母から優しく頭を撫でてもらえるかもしれない。
だから決して母から嫌われるような言葉は口にしなかった。
いつかきっと…。
でも私はいい子になりすぎていたのかもしれない。
母は産後まもなく、郁をベビーシッターに預け仕事に復帰した。
予定よりかなり早い復帰。
『もう行っちゃうの…?…行かないで。』
荷物をまとめ玄関に立つ母の姿を見て、これまでずっと我慢していた私が言ったわがままだった。
けれど、母は…
『あなたはいい子だもの、お母さんを困らせないで。郁の事も頼んだわよ。』
そう言いて優しく髪を撫でてくれた。
母の手は白くしなやかでとても綺麗だった。
ずっとずっと母にして欲しかった事…。こんな形で実現するなんて。
私には母を引き止める力がなかったのだ。
寂しい…。
けれど不思議と涙は出なかった。
私は一人ではない。今度は弟の郁が一緒にいてくれるから。

