母と過ごす時間はあっという間に過ぎていった。

特に何を話したわけではない。

これまで親子らしい会話を何一つしてこなかった俺達親子には仕方のない事だった。

でも……

側にいれるだけでいい。

例え言葉が無くても、母の温もりがあるだけで俺は幸せだった。

それだけで……

満たされる気持ちだった。



『また来るね、母さん。』



帰る時間は無情にも早く、寂しい気持ちになる。

自分がこんな気持ちを抱くようになるとは…

母を愛する日が来るとは…


自分でも思わなかった。



『ええ。気をつけて帰るのよ。』



母は体をベットに預けたまま、ゆっくりと手を振った。

今の母にはそれが精一杯だった。

俺は後ろ髪引かれながらも、病室から出てゆっくりとドアを閉めた。


時間は守らなくては。


でないと今後、会わせてもらえなくなるかも知れない。

今日はちゃんと施設に帰ろう。

次もまた母に会う為に。



俺は軽い足取りで病院の廊下を歩いた。

日が落ちかけているのだろう。

窓ガラス越しに見えるオレンジ色の夕焼けが綺麗に思えた。


外にばかり目が向いていて……


ドンー……



『あっ…すいません。よそ見してて……。』



病室から出てきた女の子にぶつかってしまった。


『……………』


女の子は何も言わず、目を合わせる事もなく、暗い面もちのまま隣の病室に入って行った。


『なんだ、変な奴。』


俺は何気なしに病室のプレートに視線を移した。

そして、患者の名前が書かれているプレートを見た瞬間、俺は目を疑った。


『え………』


そこに書かれていたのは……



一ノ瀬凛。



親父が運転していたトラックの下敷きになった被害者の名前だった。