君じゃなければ




自分の事しか愛せないナルシスト。



俺はずっと母の事をそう思っていた。

けれど、俺を逃がそうと必死な母の姿を見て……

俺はまた母の事が分からなくなった。

それでも今はただ必死に走った。

俺を逃がしてくれた母の為に。



『はぁはぁ……』



とりあえず人の多いところに行けば…

大通りまで行けば……

誰かに助けを求めれば……



でも、誰に?



誰に助けを求めればいいのだろう。

他人との関わりをほとんどしてこなかった俺にとって、誰が信頼出来るのか分からなかった。



『ぼうや、どうしたの?』



靴も履かず家から飛び出し、傷だらけになっていた俺の足を見て心配してくれたのだろう。

高齢のおばあさんが声をかけてくれた。


『あ…あの……えっと…』


でもダメだ。

このおばあさんでは、あの壊れた親父には到底勝てっこない。

どうしたら……


『どうしたの?迷子かい?』


『………えっと…その…』


『大丈夫だよ、迷子なら交番に行けばいいからね。』



交番………?

そうだ!交番に行けばいいんだ。

警察の人にお願いすれば、あいつを逮捕して母を助けてくれる。

どうして今まで気づかなかったんだろう。

そんな事にも気づかないくらい俺は焦っていたのだ。



『あ、ありが…とう。』



他人は怖い。大人は特に。

でも、俺は今ある勇気をふりしぼっておばあさんにお礼を言った。

つたないお礼だけど、俺にはこれが精一杯。

頭を下げてから俺は近くの交番までまた走り出した。