母を守れるのは俺だけ。
それなのに…
しかりしなきゃいけないのに恐怖で足が震える。
目の前にいる親父の存在が怖くて仕方ないのだ。
フラフラと千鳥足で親父は俺の方へと向かってきた。
殺される……。
直感的にそう悟った。
殴られる…では済まないだろう。
今日の親父なら。
俺は……どうしたら…どうしたら……
焦れば焦るほど、良い考えなんて浮かんできやしなかった。
その時…………
『逃げなさいっ!朝日ッツ!』
か弱く細い手が、俺の背中を力強く押した。
え…………?
一体何が起こったのか分からなくて、戸惑ったが……
『逃げなさいっ!早くッツ!!』
その言葉がさらに俺を後押しする。
恐怖で動かなかった足が嘘のように軽い。
『逃がすかっ!』
親父は俺を捕まえようと手を伸ばす。
けれど、千鳥足の大人が、ちょこまかしている小さな子どもを簡単に捕まえられるわけがない。
この時ばかりは小柄な自分で良かったと思えた。
ただ……
『母さんっ!』
母を連れ出す余裕はなかった。
誰より母を守りたいのに。
『いいからっ!逃げるのッツ!』
少しでも俺が逃げれるように母は必死に父の足にしがみついた。
この場に母だけを置いていくなんてしたくない。
でも、俺に出来るのは逃げる事だけだった。
『朝日ぃッツ!』
『ッツ!!』
俺の名前を叫ぶ母の声に押され、俺は駆け出した。
母を守りたい。
けれど、母に逆えなかったのだ。
それは初めて見る“母親”の姿だったから。

