私の名前は一ノ瀬凛(いちのせりん)。


父は櫻田慶一郎(さくらだけいいちろう)。

ヨーロッパを中心に世界位各国で活躍している指揮者で、父が出るコンサートはチケットを入手する事が困難なくらい人気がある…らしい。


母は一ノ瀬マリア(いちのせまりあ)。

母もまた世界を股にかける有名なソプラノ歌手。
その天使のような歌声もさることながら、子持ちとは思えないほどの美貌・スタイルが人気を不動のものにしている…らしい。


私は音楽業界のサラブレッドとして生まれた。


結婚しても夫婦別姓にしているのは、築きあげた二人の知名度やブランドを守る為…らしい。


“らしい”と言うのは、理由がある。


何故なら、私は二人の事をよく知らないからだ。

ただでさえ忙しい日々を過ごしている二人。

家に帰ってくる事も少なく、例え帰って来たとしても私にかまってもらえる時間など限られていた。

そしてその限られた時間で父と母は私に音楽を教えた。

歌、ピアノ、ヴァイオリン…。

その他にもたくさんの楽器を私に教えてくれた。


でも、本当は…


その限られた時間で父と公園で遊びたかった。

母に絵本を読んで欲しかった。



音楽ではなく私を見て欲しかった。



それでも子どもながらに私がその事を口にする事はなかった。


二人が音楽よりも私を選んでくれるという自信がなかったから。


そう…怖かったのだ。

限られた時間すら私にかまってくれなくなる事が。

だから二人がいない時でも必死に音楽の勉強をしていた。


二人から嫌われないように…

二人から誇らしいと思ってもらえるように…

二人から愛してもらえるように…。


けれど現実は残酷。

私に音楽の才能が無いと分かるまでそう時間はかからなかった。

この時の私はまだ4歳。

才能がないと烙印を押されるには早いと、涙ながらにもがいていた。

もがいてももがいてもどうにもならないと知ったのはもう少し後の事。

そして私の才能を見極めた父と母は前より一層して家に帰ってくる事が少なくなった。


大きい家に一人ぼっち。


いや家政婦さんがいるから一人ではないと自分に言い聞かせていた。

それでも吹き抜ける風が妙に冷たく、自分でも気づかない間に涙が頬を伝っていた。


もう誰も自分の側にはいてくれないのだと。


そんな時だった…。

母のお腹に弟の郁(いく)がいると知ったのは。