指はほとんど完治して、まだ多少の痛みはあるが、難なくピアノが弾けるようになった。久しぶりの連弾。雅也先生と私の音。今日の音は今までで一番楽しい音だ。私の心は幸せで満ちていく。雅也先生とピアノを弾き始めてからいろんなことを学んだ。このピアノには記憶があって生きていることや、私の手は心を温かくできるということ、恋をした時の気持ち。ピアノを弾いていて、私はふと呟いてしまう。
「好き」
無意識に言ってしまった。でも、この言葉は言ってはいけなかった。分かってても言ってしまった。雅也先生は教師なのだから生徒である私なんか相手にしてくれない。今まで通り音楽室での関係を保ちたかったら絶対に言ってはいけなかった。だけど、無意識に呟いてしまうほど私は雅也先生のことが大好きだった。
「冗談でしょ?」
ピアノを弾く手を止め、笑ったように聞き返す雅也先生。ここで否定すれば何もなかったことに出来たのかもしれないが、自分の気持ちに嘘はつけなかった。
「いいえ、本気です。雅也先生と話している時、ピアノを弾いている時、雅也先生の姿を見掛けるだけで、私は幸せになります。雅也先生のことが、好きなんです。」
私の告白を雅也先生はしっかりと受け止めてくれた。
「嬉しい。俺もずっと好きだった。でも、俺たちは教師と生徒。もし、この関係がばれたら藤川さんは停学、退学かもしれないし、俺はきっととばされるだろう。それでもいいの?」
「はい。それでもいいんです。先生を好きになった時から覚悟はできてるから。それと、もう藤川さんじゃなくて百合って呼んでください。」
「分かった、百合。」
 旧校舎音楽室のピアノは雅也先生が校長にお願いしたらしく、新校舎に置いてくれるようになった。旧校舎が取り壊されても私たちの想いでまでは取り壊せない。生きているピアノは今でも毎日放課後になると誰かが弾きに来てくれる。もうあのピアノは寂しいなんてことはずっとない。たくさんの記憶を重ねて今日も音を紡いでいる。