突き指をしてしまった私は、しばらくピアノを弾くことが出来ないので、音楽室には用がなくなってしまった。でも、日課になっていたことがなくなるのも寂しいので、ピアノが弾けなくても音楽室へ行く。指は保健室で見てもらった。特に問題はないそうだから、とりあえず、テープだけ巻いてもらった。音楽室に入ってみたが、いつものようなワクワク感がない。それもそうだ。大好きなピアノが弾けないのだから。いつもは、ピアノの音で気にならなくなる雨の音が、やけに大きく聞こえる。音楽室に来てから20分くらい経っただろうか。ピアノは弾いていないのに、雅也先生が来てくれた。
「どうした?今日はピアノは弾かないのか?」
と、窓の外をボーっと眺めてる私の後ろ姿に問う。私は顔だけ雅也先生のほうへ向けた、先生のその顔はいつものような笑顔では無く、不思議そうな顔だった。初めてピアノを弾いた日から、何週間か経ったが、授業中体調が悪かった日でも、音楽室には来なかったことがないのだから、雅也先生の耳にピアノの音色が届いていないのは、初めての事。そんな顔されるのもおかしくない。
「しばらく、ピアノ弾けないんです。折角楽しみにしてくれてるのに・・・。ピアノも雅也先生も。」
私は手を後ろで組み、突き指の事が気づかれないように先生の方に向きながら答えた。精一杯笑顔を作ったつもりだが、それがいつもとはなんか違うことに先生はすぐ気が付いた。
「何かあったか?」
私の事を気にかけてくれる先生はとても優しく、心から心配してくれているのが伝わってくる。当たり前のようなことだが、私は入退院を繰り返してたせいで、何かあっても、『あぁ、またか。大丈夫?』と呆れがちにしか言われない心配の言葉。心から心配されたことなんていつ以来だろう。右手を先生に向け、
「突き指しちゃいました。」
と、出来るだけ元気に言ってみたが、声はかすかに震えていた。雅也先生は、
「そうか。」
と一言しか返さなかったが、その一言の中からたくさんの優しい思いが伝わってきた。その優しい思いに包まれ、私は涙が止まらなくなった。泣きながらも、精一杯、先生に話しかける。
「雅也先生・・・、ごめんなさい・・・。私、先生に、私の手は・・・、心を、温かくできる、優しい手、だから、大切にしろ。って、言われてたのに・・・。こんな、突き指なんて・・・。ごめんなさい・・・、ごめんなさい・・・。」
雅也先生は、ただひたすら泣きながら謝り続ける私に近づくと、大きな手で背中をさすってくれた。雅也先生の手も心を温かくできる優しい手なんだ。
「藤川さん、大切にしろって言うのはケガをするなって事じゃない。勿論ケガをしないことは大事だけど、もっと必要なことがある。その手で誰かを救ってあげる、助けてあげることだ。それなら突き指をしててもできるだろ?ピアノが弾けないのは藤川さんも、俺も、多分ピアノも残念だけど、困ってる人を助けるってことは、助けられた人の心を温かくするって事なんだ。今みたいに泣いてる人がいれば、泣きやむまでそばにいてあげればいい。悩み事を抱えているのなら一緒に解決策を探してあげればいい。だから、大切にしろって言うのは、ケガをするなって事じゃなくて、心を温かくできるその手で、決して誰かを傷つけるようなことはするなって事だ。」
雅也先生の話を聞いているうちにとまった涙がまた溢れ出してきた。でも、さっきみたいな思いはなく、感動のような思いで満たされていた。
「雅也先生、ありがとうございます。」
ようやく泣き止んだ私は、笑顔でお礼を言った。その日はピアノは弾かなかったが、音楽室に入ってきた時のような沈んだ気持ちはなく、いつものようにピアノを弾いた時と、あまり変わりはなかった。ピアノは弾けなくても、この音楽室の空気と雰囲気が好きだから、これからも今までみたいに通おうと思った。ピアノの音色が無くても雅也先生は来てくれる。雅也先生も、私と一緒でピアノの音も好きだけど、ここの雰囲気が好きなんだと思う。だって、やっぱり素晴らしい笑顔を連れてくるから。この顔を知ってるのは私だけ。そう思うとなんか嬉しくなった。私がピアノを弾けないようにした、誰かも分からないあの子よりも私のが上なんだという優越感があった。
「どうした?今日はピアノは弾かないのか?」
と、窓の外をボーっと眺めてる私の後ろ姿に問う。私は顔だけ雅也先生のほうへ向けた、先生のその顔はいつものような笑顔では無く、不思議そうな顔だった。初めてピアノを弾いた日から、何週間か経ったが、授業中体調が悪かった日でも、音楽室には来なかったことがないのだから、雅也先生の耳にピアノの音色が届いていないのは、初めての事。そんな顔されるのもおかしくない。
「しばらく、ピアノ弾けないんです。折角楽しみにしてくれてるのに・・・。ピアノも雅也先生も。」
私は手を後ろで組み、突き指の事が気づかれないように先生の方に向きながら答えた。精一杯笑顔を作ったつもりだが、それがいつもとはなんか違うことに先生はすぐ気が付いた。
「何かあったか?」
私の事を気にかけてくれる先生はとても優しく、心から心配してくれているのが伝わってくる。当たり前のようなことだが、私は入退院を繰り返してたせいで、何かあっても、『あぁ、またか。大丈夫?』と呆れがちにしか言われない心配の言葉。心から心配されたことなんていつ以来だろう。右手を先生に向け、
「突き指しちゃいました。」
と、出来るだけ元気に言ってみたが、声はかすかに震えていた。雅也先生は、
「そうか。」
と一言しか返さなかったが、その一言の中からたくさんの優しい思いが伝わってきた。その優しい思いに包まれ、私は涙が止まらなくなった。泣きながらも、精一杯、先生に話しかける。
「雅也先生・・・、ごめんなさい・・・。私、先生に、私の手は・・・、心を、温かくできる、優しい手、だから、大切にしろ。って、言われてたのに・・・。こんな、突き指なんて・・・。ごめんなさい・・・、ごめんなさい・・・。」
雅也先生は、ただひたすら泣きながら謝り続ける私に近づくと、大きな手で背中をさすってくれた。雅也先生の手も心を温かくできる優しい手なんだ。
「藤川さん、大切にしろって言うのはケガをするなって事じゃない。勿論ケガをしないことは大事だけど、もっと必要なことがある。その手で誰かを救ってあげる、助けてあげることだ。それなら突き指をしててもできるだろ?ピアノが弾けないのは藤川さんも、俺も、多分ピアノも残念だけど、困ってる人を助けるってことは、助けられた人の心を温かくするって事なんだ。今みたいに泣いてる人がいれば、泣きやむまでそばにいてあげればいい。悩み事を抱えているのなら一緒に解決策を探してあげればいい。だから、大切にしろって言うのは、ケガをするなって事じゃなくて、心を温かくできるその手で、決して誰かを傷つけるようなことはするなって事だ。」
雅也先生の話を聞いているうちにとまった涙がまた溢れ出してきた。でも、さっきみたいな思いはなく、感動のような思いで満たされていた。
「雅也先生、ありがとうございます。」
ようやく泣き止んだ私は、笑顔でお礼を言った。その日はピアノは弾かなかったが、音楽室に入ってきた時のような沈んだ気持ちはなく、いつものようにピアノを弾いた時と、あまり変わりはなかった。ピアノは弾けなくても、この音楽室の空気と雰囲気が好きだから、これからも今までみたいに通おうと思った。ピアノの音色が無くても雅也先生は来てくれる。雅也先生も、私と一緒でピアノの音も好きだけど、ここの雰囲気が好きなんだと思う。だって、やっぱり素晴らしい笑顔を連れてくるから。この顔を知ってるのは私だけ。そう思うとなんか嬉しくなった。私がピアノを弾けないようにした、誰かも分からないあの子よりも私のが上なんだという優越感があった。


