もう下校時刻間近だったせいか辺りは静まり返っている。遠くで体育館の運動部の終わりのあいさつが聞こえる。雨が窓ガラスをたたく音が響き、つい先ほどまで誰かいたのか、足元は所々足跡型に湿っている。木の香りが心地よい。私はなんとなく窓を開けた。だって、そんな衝動に駆られたから。風邪ひくかな?と思っていても、開けてみた。雨が入り込んでくる。でもなぜか、雨に濡れることを嫌に感じなかった。むしろ、木の香りに雨の香りが混ざり、心がスーッと軽くなった気さえしてくる。何とも言えない幻想的な空間を思わせ、ずっとこのままでいたいなんて気分になり、ずっと窓を開けっぱなしでもいいかな、なんて思いが頭をよぎるが、制服が雨に濡れ、このままだと風邪をひき、また厄介な病気を引き起こすかも。と思い、風邪くらいならいいけどさすがに病気に進展したら嫌だな。と考えたので、結局窓を閉めた。再び歩き出し、ふと音楽室と思われるところで足を止めた。中を覗き込むと、茶色のグランドピアノがある。これも木で出来ているのだろうかと思う。音楽室のカギは開いていたので、中に入り、ピアノの鍵盤に触れると、呼吸をするかのような優しい音がした。私はそのピアノを弾き始めた。目を閉じると、楽しい笑い声が聴こえてくるような気がした。私は、このピアノが生きているように感じた。この声はきっとピアノの記憶。昔、このピアノが使われていた頃の記憶。
私は一度、手を止め、大きく息を吸うと、もし記憶があるならば・・・。と思い学校の校歌を弾き始めた。聴こえる声が大きくなり、より一層楽しそうに聴こえる。このピアノはこの校歌が好きだった。いや、好きなのだろう。優しい声と優しい音色に包まれて、幸せを感じた。そんな時、
「♪優しい心と大きな希望 正義を貫く強い意志 この仲間たちと過ごした日々を僕も私も忘れない♪」
と、後ろから校歌を歌う声がした。目を開けて振り返ると、
「雅也先生!どうしてここに?」
私は二つの意味で驚いた。それは、いつの間にか雅也先生が来ていたから。そしてもう一つは、いつも違和感のあるな雅也先生の表情が、今まで見た事のないほどに優しく温かく柔らかく、そしてとても幸せそうに笑っていたから。それは、時々見せる自然な笑顔よりもっと素晴らしいものだった。
「このピアノの音が聴こえてきて、それを聴いたら自然と足が動いて、ドアの外で聴いてたんだけど、校歌を聴いたら昔の生徒の声がよみがえってきて、歌いたい衝動にかられたんだよ。」
私は驚きのあまり、返す言葉が見つからず、ピアノの鍵盤を見つめていた。すると、
「俺も弾いていいかな。」
と言い隣に座ってきた。私はコクンとうなずくと、先生はピアノを弾き始めた。それも、連弾曲を。それに気が付いた私は、先生の音に自分の音を重ねた。私達が楽しくなればなるほど、ピアノはそれにこたえてくれた。私達は気の赴くままに何曲も弾いた。