「・・・おはよう、深月」


「おはようって、こっちはもう夜ですよ。仕事終わりで今帰り道です」


「知っている。だから電話してたんだ。帰り道、変なやつはいないか?」


「大丈夫です。こっちは今日は月が綺麗ですよ」


諒が海外に行って、今日で三日。彼はとてもマメでまだ自分のところは早朝だというのに、こうして私の帰り道を案じて電話を掛けてきてくれている。

寝起きであろう諒の掠れた声は、色っぽくて電話越しということも相まって、ますます私をドキドキさせた。


「そうか。こっちは、太陽がまぶしい。でもすごくいい景色だ。深月だったらきっと『すごーい!』って叫ぶと思う」


「なんですか、それ私の真似ですか?そんなこともするんですね」


「・・・寝起きで頭が働いていないからだ。でも、今度、旅行に行こう」


「行きたいです。美味しいご飯食べて、綺麗な景色見て、遊んで諒といっぱい笑い合いたいです」


「俺もだ。帰ったら行こう。それまでに場所考えておいてくれ」


「はい」とだけ返事して、言葉に詰まった。本当はもうマンションのエントランスの下に着いていた。


だけどこの電話を切りたくなくて、家に着いたとは言わなかった。それに今にも喉から出そうになる言葉は『寂しい』の一言。


「・・・深月、悪いな。そろそろ」


「あっ、は、はい。お仕事、頑張ってくださいね」


「深月、会いたい。早くお前に会いたいよ。だから頑張るな。必ずいい結果を出して戻るから」


「はい。私も、頑張ります」


「じゃあ、また明日。おやすみ深月」


「おやすみなさい」


電話を切って、空を見上げた。たくさん愛されたから諒がいなくても頑張れるなんて思えたのはその日だけ。


電話で声を聞けば会いたくなる。抱きしめてほしくなる。でも、諒が頑張っているんだから、私も頑張らなきゃ。