「子猫扱いすんじゃねえよ」
乱暴な口をききながらも、猫はおとなしく目をつぶって撫でられている。
「あなたがフワフワの子猫だった頃から知っているんだもの。仕方ないじゃない」
フン、と鼻を鳴らした猫は、ピンク色の舌を出して、ちろ、と私の指を舐めた。
「じゃあ、さよなら」
「……すぐに会えらあ。俺も、もうすぐだ」
そう言われて私は、目を開いた猫の毛並みが若い頃のような艶を失い、以前より白っぽくなっていることに今更ながら気づいた。
「そう……じゃあ、またね」
「ああ」
返事をした猫と微笑み合い、私はひらりと屋上の柵に飛び乗り、大きく両手を広げた。
思い出の詰まった町の空気を胸いっぱいに吸い込み、夕焼け色の空に身を投げ出す。
一瞬の浮遊感の後、私は……住み慣れた、老いた自分の体へと戻っていた。



