名のない足跡


一瞬ためらった後、あたしは扉をそっと引いた。


一斉に質問の嵐が飛んでくるかと覚悟していたあたしは、高官位の人たちがきちんと席に着き、ただあたしに眼差しを向けているだけの光景を見て、少なからず驚いた。


「……ルチル」


兄様の優しい声に導かれるように、あたしは一番奥の席に座った。


すぐ後ろに、アズロが控える。


ウィンがゆっくりと席を立ち、あたしに向かって口を開いた。


「ラッド王子から、兵器の話は聞いた。その他で、俺たちに話しておくべきことがあったら話してくれ」


ウィンのその言い方は、"話したくなければ、話さなくていい"という意味を含んでいた。


きっと、あたしが今ここで「何もない」と答えたら、みんな何も聞いてこないと思う。



でも、そんな気遣いをしてくれたのに。


何もないなんて、言えるわけない。



震える唇を、無理やり動かす。



「…あるわ。ライトのことで」