名のない足跡


†††


バカだ、俺は。



執務室の窓から飛び降りた俺は、持ち前の運動神経で木へ飛び移り、無事地面へ着地した。


もう、あのひとには会えない。



ずいぶんと前からわかっていたことなのに、どうしても耐えられなかった。


あのひとの中から"俺"という存在が消えてしまうことが、嫌だった。



だから、俺のことを忘れられないように、小さな足跡を残した。



その足跡は、きっとあのひとを苦しめる。


わかっていながら、自分勝手な行動をした。



「…最低だな」



この城の敷地内から出るために走っていた俺は、自分を嘲笑うように、吐き捨てた。


本当に、最低だ俺は。


あの冷たいウィンよりも、もっと最低だ。



初め、俺はそんなことを考えていたせいで、ウィンの幻覚を見たんだと思った。


けれど、その人影に近づくごとに、本人なんだと気づく。


「……ウィン」


少し距離をあけて立ち止まった俺は、しまった、と思った。


誰かに会ってしまうことを、全く考慮に入れてはいなかった。