(ミレーヌさんは、目的を明確にして自分の足で歩こうとしている)


恐らく、父親の助けになりたいと努力している最中なのだろう。ミレーヌの父が市場を円滑に経営している裏では、多種多様な職業の人たちとやり取りがなされているはずだ。
先日のミレーヌの告白から、仕事に対して興味を持っていることがよく分かったライナは、陰ながら彼女の成長を見守ろうと思っている。

しかしそんなミレーヌを見ていると、ライナは自分自身の主体性のなさに改めて打ちのめされる思いだ。祖母が守っていたものを受け継いで今までやってきたが、自分から何かを始めたい、変えたいと強く望んだことなどあっただろうか。

そこでふと、目の前にころりと並んでいるサクルが目に入った。ミレーヌに言われた通り、不格好で土の塊のようにも見える。
以前イルミスと一緒に食べた、あのなめらかな口当たりのサクルを目指してみたのだが、そもそもの材料の質が違うのだろう。
次回はもっと粉の量を減らしてみようかと考えたとき、ああそうかと合点がいった。

ーー規模の大小はあれど、ミレーヌも自分も同じ思いを持っているのかもしれない、と。


「ーーねえ、聞いているの?」

「あっ、すみません! ……ぼんやりしてしまいました」


慌てて顔を上げると、むっとした表情を隠そうともしないミレーヌがじっとライナを見ている。ライナが思わず考え込んでしまったことを詫びると、ミレーヌの瞳が和らいだ。
綺麗な目だ。今はまだ可愛らしい部分もあるが、あと数年もすれば、美しい女性となるだろう。


「もう! ……まあ、いいわ。それで、花祭りに便乗しようと考えているの。ちょうど良い機会だわ」

「……花祭り?」


聞き慣れない言葉に首を傾げていると、ミレーヌは嬉々として話し出した。


「あら、まだライナの耳には入っていないの? 今度お城でお祭りが開催されるんですって」


国王様が最近お花を気に入っているそうなの、というミレーヌの言葉に、イルミスと出会った日のことが思い出されてライナの胸がドクンと跳ねた。遠い過去の話でもないが、既に色褪せそうなほど懐かしい。
花売りとしては、国王が自分の育てた花を気に入ってくれたことが純粋に嬉しかった。そして、まさか今も同じ気持ちでいてくれているとは。