「それでも、彼がここに来ていたことは事実だわ」

「……確かにそうですが、過去の話です。イル……騎士、様は、もうこちらへはいらっしゃらないと思いますから」


ライナはミレーヌの方を見ずにむしゃむしゃとお菓子を頬張ったがむせてしまい、胸を叩きながらお茶を啜る。そんなライナの行儀の悪さを気にも止めず、ミレーヌは呆気に取られて聞き返した。


「来ないって……どういうことなの? 理由を聞いてもいいかしら」


ライナとしてはもうその話を終わらせたかったが、ミレーヌは興味津々という風で一向に引き下がろうとしない。ライナはふう、とひと息吐くと言い辛そうに理由を述べた。


「その……この前、リンディアの花をお求めになられたので」

「……えっ」


その言葉だけでライナの言いたいことを理解したミレーヌは、手を口に当てたまま目を見開いている。

どんな噂があろうとも、ライナは真実を目撃してしまったのだ。例えそれがどんなに小さな真実であったとしても、大きくなり過ぎてしまった噂全てを覆す力がある。


ライナからははっきりと告げなかったが、イルミスへの気持ちもミレーヌに知られてしまったことだろう。それきりミレーヌがその話題を出さなかったのは、彼女なりの気遣いだったに違いない。やはり性根が素直で思いやりのあるところは昔から何も変わっていない、そうライナはありがたく思った。