「ライナがいなくなってからは、心に穴が空いてしまったようなの。ふとした時に思い出してしまうのは、覚えているかしら、ライナに花冠を作ってもらった時のことよ」

「勿論覚えています。ミレーヌさん、とても嬉しそうでしたから」


脳裏に浮かぶのは、今より大分幼いミレーヌが、ライナの作った花冠にはしゃぐ姿だ。昨日のことのように鮮明に思い出すと、ライナは笑顔になった。


「私のこと、憎いでしょうけれど……ライナさえ良かったら、また市場に来てくださらない? お父様も喜ぶわ」


ミレーヌを憎いとは初めから思っていなかった。あの頃は毎日冷たく当たられる理由が分からず、ただひたすら悲しかった。
ミレーヌの告白を聞いた今ならば、以前の態度も愛しく思えてしまう。ライナは、ミレーヌの心が成長していく様を感じ、まるで自分の身内のように誇らしく思った。

ミレーヌの父クレトンにも、市場に出た最後の日以来会っていない。この短時間で急激に元に戻りつつある日常に、ライナは思わず縋りたくなった。きっと以前よりも居心地がよいはずだ。


「貴女、お父様に何も言わなかったのね。全てを打ち明けたとき、人生の中で一番叱られたわ」


お父様、怒ると怖いのよ。
そう話すミレーヌは肩をすくめた。昔から叱られることが多かったことを物語る態度に、円滑な親子関係が見て取れる。クレトンは善悪の判断がしっかりとできる、立派な父親なのだろう。


「ああ、胸の仕えが取れたら何だかお腹が空いたわ。貴女も食べて頂戴」


ミレーヌに促され、ライナは少し冷めたお茶に手を付けた。確かにお腹が空いた。セーラのくれた焼き菓子も、ミレーヌの手土産もとても美味しそうだ。先ほどまでの緊張感のある空気だったなら、きっとお菓子の味など感じなかったことだろう。

こうして気まずい再会は一点、和やかな時間へと変わった。


「ーーところでライナ。何故頭に草なんて付けているの?」

「草?」


ライナが反射的に頭に手を伸ばすと、先ほど刈ったと思われる草がひらりと舞い落ちた。


「ああ。これは、先ほどまで草取りをしていたので……」


さも当たり前のように答えるライナに、ミレーヌは大げさにため息を吐いた。


「相変わらず、色気も何もないわね。ーーまさか貴女、騎士様と会うときもそうやって頭に草を付けたままなのではないでしょうね」