しばらくそうしてお茶にもお菓子にも手を付けずに息を潜めるように座っていたライナだったが、ついに意を決めて声をかけた。


「あの……っ!」

「ライナ」


もしかするとミレーヌもまた同じ気持ちだったのかもしれない。同時に声を上げてしまい、瞬間目が合った。


「……」


用件があるなら先に言って欲しくてまた黙り込むライナだったが、それはどうやらミレーヌも同じだったようでまた辺りが静かになった。逸らした目は再び向けることもなく、宙をさまよった。
ミレーヌが静かにお茶を飲んでいる音だけが響く。


大分経って、次に声を上げたのはミレーヌの方だった。小さいながらも凛とした声だ。


「……今日は、貴女に言いたいことがあって来たの」

「な、何でしょう」

「ええ、その……」


今更何を言われるのだろうと、ライナは身を堅くしてじっと次の言葉を待つ。
カタリ、と立ち上がったミレーヌは、ライナを見つめて切り出した。


「……貴女には悪いことをしたわ」

「え……」


謝罪の言葉に、思わずライナの声が漏れた。ミレーヌは更に続ける。


「ライナが働いているところを見て、不安になっていたの」


ライナの知らない、か細い声のミレーヌがそこにいた。ただ呆然と彼女を見つめる。


「ライナはあんなに生き生きと働いていると言うのに、私は毎日遊び歩いているだけだわ。夜眠る前なんて特にそう思ってしまって、気分が落ち込んでいたの」

(ミレーヌさんが、そんなことを考えていたなんて)


毒気無く微笑むミレーヌを見て、ライナは胸がちりりと痛んだ。いつも目先のことばかり考えていたため、多感な時期の彼女を全く思いやれていなかったことに気付いたのだ。


「ライナの顔が苦痛に歪むことで私の心が満たされていただなんて、狂っていたわね」


ライナには分からない、ミレーヌの苦しさがあるのだろう。生まれながらにして城下に広がる市場を持つような、裕福な資産家の娘。煌びやかな服を着て、美味しいものが毎日食べられる生活だったとしても、満たされない深い闇のような欲求があるのかもしれない。