「ライナちゃん、辞めちゃうんだって? 残念だよ」


たった一日しか経っていなかったが、既に噂になっているようだった。
時々花を買ってくれる数少ない常連客の言葉に、作り笑顔を浮かべる。


「すみません。せっかくご贔屓にしてくださっていたのに」


彼は祖母の常連客だった。
独りになってしまったライナを放ってはおけなかったのだろう。こうして、時々顔を出してくれる。


「ーーそれで、これからどうするんだい?」


少し言いにくそうにひそめられた声で、そう尋ねられる。


「あ、ええと、少しゆっくりしてみようかな、なんて思っているんです」


ライナは努めて明るく振る舞った。親切な人に余計な心配をかけるわけにはいかない。


「そうかい。ライナちゃんは、マリーさんがいなくなってからずっと独りで頑張ってたもんなあ。寂しくなるけどまた顔見せてよ」

「ありがとうございます」


マリーーー祖母のことを今も名前で呼んでくれる彼は、懐かしそうに目を細めて言う。
正直に話せばもしかしたら彼ならば、ライナの力になってくれるかもしれない。しかし、この先のあてがないことには絶対に気付かれてはいけないと、ライナはただにこにこと微笑んだ。


(ラヴォナさんの顔に泥を塗る真似なんて、出来ないわ)


ミレーヌとは反りが合わなかったが、彼女の家からは感謝してもしきれないほどの恩恵を受けている。何か恩返しができればと思っているのだが、今のライナには何ひとつ返すことができない。

自分に残された時間はあと僅か。
この先どうなってしまうのか分からないが、せめてこの市場での仕事だけは悔いの残らないようにしよう、とライナは考えていた。


(悔いと言えばもうひとつ)


数日前に白い花を買ってくれた騎士団員の彼。本当に国王へ花を献上したのか、結果はどうだったのか確認していない。最後にもう一度、あの深い碧色の瞳に会いたいと思った。