「あの、これはいかがでしょうか? パンデルフィーって言うんです。お、お祈りのときによく使われるらしくて……」


完全に付け焼き刃だった。なにせライナは売り子として今日が初めての市場だったのだから。でも、どうしても先ほど知ったばかりの花を勧めたい理由があった。


「実は私、花を売るのは今日が初めてで、その、詳しいことはまだわからないのです。でも、この花を眺めているだけで気持ちが落ち着いて、優しい花だなあって思って……。貴方のお母さんにも、そういう気持ちになってもらえたら嬉しいです」


私情を挟んではいけないと思ったが、ライナはどうしても自分の思いを伝えたかった。自分とは置かれている状況が全く違うことはわかっていたが、花で救われることもあるのだと知ってほしかった。

目の前の彼は、ライナの勢いに目を見開いた。とても綺麗な碧い目をしていた。
そしてそのまま、静かな時が流れた。

続いた沈黙に、ライナは失敗したと再び俯いた。よくよく考えれば、このような花のこともよく知らない人間から買いたいなどと誰も思わないだろう。やはりここは祖母の話が終わるか、他の花屋に寄ってもらおう、そうライナが切り出そうとしたとき、先ほどより大きな声が響いた。


「そ、それにする」

「……え?」


思わずぽかんと目と口を開いたまま固まるライナに、少年はもう一度告げた。


「その、パンデルフィーにする」

「……あっ! はい、ありがとうございます!」


ようやく意味を理解したライナは大慌てで花を包んだ。代金と花を引き替えると、頭上からほっとしたような声が降ってきた。


「……ありがとう」

「こっ、こちらこそ!」


遠ざかる後ろ姿を見つめながら、ライナはぎゅっと胸を押さえた。まだ心臓がうるさく鳴っている。


ーーそう言えば、彼が私にとって最初のお客さんだった。


ライナは断続的に続く薄い意識の中、そのことを思い出していた。あの少年は母親に花を渡せたのだろうか。結局あの日以来会うこともなく、今となっては知ることもできないままだ。