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ーー祖母に連れられて初めて市場に行った日は、よく晴れていたことを覚えている。


見よう見まねで手伝いをした。頼まれた花を包んだり、お釣りの勘定をしたり。右も左も分からないまま一生懸命働くライナに、祖母はとても優しかった。

ライナは両親が相次いで他界してすぐ、祖母の元へとやってきた。
祖母は、畑の仕事もそこそこにライナを市場へ同行させた。花は好きだが何の知識も持たないライナにとって、実際に店番をすることが一番の教育になると考えたからだ。

客足が途切れると、祖母は花のことを教えてくれる。初めて市場へ来たライナにとっては、目に映るもの全てが新鮮だった。そんなライナが特に興味を惹かれたのは、小柄であまり目立たない花だった。


「おばあちゃん、この花はなに?」

「これはね、パンデルフィーだよ」

「すごくきれいな青」


パンデルフィーに興味を示したライナに、祖母は笑顔を見せた。彼女も好きだというこの花はお祈り用に使われることが多いが、観賞用としても人気があることを教わる。そして、鎮静作用があることも。


(本当に、きれいな青ーー)


今日の空によく映える深く美しい青色に、ライナは時間を忘れて眺めていた。まるで今までの境遇を慰めてくれるように、花弁がふわりと揺れる。


「ーーすみません」


顔を上げると、いつからそこにいたのか、少年が立っていた。


「い、い、いらっしゃいませっ」


慣れない接客に、戸惑う。
ちらりと横を見ると、祖母は先ほどやってきた常連客と談笑していて入り込む隙がない。ライナが視線を戻すと、その少年はまっすぐライナを見ていた。


(えっ)


年齢の近そうな彼の視線に耐えきれず慌てて俯くが、いくら待っても何も言われない。上目遣いでそっと様子をうかがうと、口元を固く結んだまま目線をさまよわせている。

もしかしたら緊張しているのかもしれない、とライナが声をかけようとして口を開いたのと同時に、声が聞こえた。


「ーー花を」


ぽつりと呟かれた声。あまりの小ささに、聞き漏らすまいとライナはじっと耳を澄ました。


「花を見繕って欲しいんだ。……病気の母に、渡したい」

「お母さん、に」


身なりの良さそうな少年だ。恐らく普段はこのような市場へ来ることもないのだろう。
それでも、母親のために花を買おうと自らの意思で足を運んだその優しさに胸を打たれた。彼の母親の具合がどれほどのものかははかれないが、花の力で辛さや苦しさをひと時でも和らげることができるのなら。


ーーそれ以上の嬉しいことなど、花売りにとってはないだろう。