(私、何をやっているんだろう……)


閉めた戸を背にずるずると座り込んだまま、天井を見上げる。煤けた古い天井はライナの視界に入っておらず、ぼんやりと遠い世界でも眺めているように焦点が定まっていない。

外にイルミスを待たせている状況のため、本来なら急いで準備をしないとならない。ライナはそのことを理解していながら、その場を動けないでいた。


あの黄色い花ーーリンディアの花は意味を持っている。このレンバート王国に古くから伝わる伝承に近いものだ。


〝思いを寄せる相手にリンディアの花を贈る〟


幼い頃はどうしてそれがリンディアなのかと疑問に思っていたものだが、きっとこういった類の話には理由を求めてはいけないのだ。今でも根強く残っているその風習を目にする機会が増え、ライナは次第にそう思うようになっていった。

頬を染めて花を買いに来る客とふれあう度、一途な思いに目を見張る。何よりも強い思いが伝わってくる眼差しや、微笑み。人々の様子に心を打たれたライナは、その思いが成就するように願いを込めて花を育てるようになった。由来などどうでもよくなってしまうほどに。


しかし、今回の事情は違う。セーラに渡す予定の花より多く作ったのは、ライナが個人的に楽しむためだった。密かにイルミスのことを思って育てた恋の花。まさかそれを、当の本人に欲しいと言われるとは思ってもみなかったのだ。それも、他の誰かを思った状態で。


(イルミスさんは、どなたか思いを寄せている方がいるのだわ)


ずっと聞きたくても聞けなかったこと。
先程とは違う意味でライナの胸が苦しくなる。まるで強い力に体が圧迫されているようで、うまく息が吸えなくなくなった。


(久し振りに会えたのに、結末がこれだなんて。……やっぱり私らしい)


そうしてしばらくぼうっとしていたが、これ以上待たせるわけにはいかない。イルミスはすぐに戻らなければならないようだった。

ライナは深呼吸をひとつし、感情を消した。


「ーーお待たせしました」



こうしてライナの気持ちを込めた花は成就することなく、その思いの行き場ごと奪われてしまった。