ライナはその言い方が気になり振り返って問うと、セーラは深刻そうな表情を見せた。客はライナ以外に誰もいないというのに、きょろきょろと周りを見渡してから手招きしている。不思議に思いながらもそろそろと近付いたライナの耳元へ顔を寄せると、セーラは小さな声で言った。


「それが……魔女が出たらしいんだ」

「ま、魔女?!」

「しっ! 声が大きいよ」


まさかの単語が飛び出して、ライナは驚きのあまり大声を上げた。セーラに注意され、慌てて手のひらで口元を覆う。今度はゆっくり、囁くように尋ねた。


「……魔女って、おとぎ話に出てくるあの魔女ですか?」


よく眠れるよう、寝具の中でその類の話を母親に聞かされる子どもも多いはずだ。ライナも幼い頃、母親から寝かしつけに聞かされていたことを思い出す。

物語に出てくる魔女は大抵が現実離れしていてあまり良い印象がない。例えば、妖しげな薬を作ったり、人を呪ったり、魔法を使ったりーー。
本当にそんな魔女がこの世界にいるのだろうか。ライナは、王国に伝わるおとぎ話のあらすじを思い起こしていた。


「にわかには信じがたいんだけどねえ。最近密かに市場で噂になってるみたいなんだ」

「そうでしたか」


ライナが市場に行く機会はめっきり減ってしまっていたため、魔女の噂について全く知らなかった。はっきりとした理由も告げず急に森の見回りを始めた騎士団のことも、なるほど今なら合点がいく。


「〝魔女が出た〟だなんて、いくら何でも民に言えないでしょうね……」

「存在を認めてしまえば、大騒ぎになるからね。森の中で見たって話だから、市場よりもあたしたちの方が気を付けないと。
……まあ、例え魔女が出てもライナはあの方に守ってもらえるから、心配いらないか」

「なっ……もう! セーラさん!」


あはは、と豪快に笑うセーラを横目に、ライナは顔を真っ赤にしたままそそくさと帰路につく選択をした。