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「……イルミスさん、これは」

「お茶が温かいうちにどうぞ」

「あの、そうではなくて!」


ライナは目の前に広げられた光景に目を疑った。どう見ても今朝方焼かれたばかりのサクルに、いれたての温かい紅茶。ご丁寧にジャムまで添えられている。

サクルはこの国では一般的な、厚みのある焼き菓子だ。粉を水などで練って焼くだけのシンプルなものだが、その分アレンジが効くため、街にはオリジナルのサクルが溢れている。

ライナにとって、サクルは特別だ。祖母が作ってくれたのは決まって誕生日の朝だった。早く食べたくて、誕生日前日の夜は毎年なかなか寝付けなかったという懐かしい思い出が蘇る。


「……今日は私の誕生日ではありません」

「それはよかった。もし今日が貴女の誕生日だったら、ちゃんとしたご馳走を用意しないといけませんから」

「……」


話が通じないイルミスにため息を吐いて俯く。下を向いたことで視界いっぱいに広がるサクルの、香ばしいにおいが鼻をくすぐる。隣に置かれた茶器からは温かな湯気が立っており、食欲をそそられた。


(美味しそう……)


しばらくそうして眺めていると、ライナの腹の虫が鳴き出した。くすくすと控え目に笑う声が向かいから聞こえたため、ライナは赤くなってお腹を押さえた。


「朝食は食べたんです……けど」

「まだ朝の内ですよ。しっかり摂らないと」


ライナは、これではまるで親に叱られる子どものようだと思ったが、誰かに心配してもらえるのも久方振りで嬉しかった。祖母が生きていた頃はよく、ありがたい小言を貰っていたことを思い出す。


「いただきます」


イルミスが持参したのは、見た目以上にとても滑らかな口当たりのサクルだった。乾燥させた果物がふんだんに混ぜ込んであり、上等なものなのだろうと感じた。合間に口にする紅茶も、よい香りがして心が落ち着いていく。


「お口に合いますか」

「とても美味しいです」

「よかった」


そうライナに尋ねながら、イルミス自身も紅茶を飲んだ。その優雅な佇まいに圧倒され、ライナは慌てて目を逸らす。