そんなやりとりの中、イルミスは後ろを向いた。つられてライナもイルミスが振り向いた方向を見ると、木と木の間から満月が顔を出している。


「名残惜しいですが、そろそろ戻ります。……また、会いに来てもいいですか」


そう尋ねられて、ライナは先ほどの会話を思い出した。また花を買いに来てくれるという約束を。


「あの、本当にお花を? お気持ちはありがたいのですが、市場の方がお城からも近いですし、種類も豊富です。よければご紹介しましょうか」


先ほどまでは嬉しい気持ちでいっぱいだったが、いざ約束をするとなるとライナは気が引けてしまっていた。可能性は低いが、大口の注文など受けられそうもないし、何よりここは街の中心部から離れている。

テトラ市場には他にも花屋があり、ライナも面識がある店がある。顧客を紹介することは、向こうにとって願ってもいない良い話になるだろう。もしかしたら、騎士団という王国直属の組織と繋がりが持てるかもしれないからだ。

そんなライナの提案に、イルミスは静かに首を振った。


「同じ花でも全然違います。ただ量産するだけなら、人手をかければすぐにできるかもしれない。私は、貴女の花に向き合う姿勢が好きなのです」

「わ、私……」


その言葉を聞いたライナはカラカラに喉が渇いて、うまく喋ることができない。相変わらずイルミスの本当の表情までは分からなかったが、彼を包んでいる雰囲気はとても柔らかく感じた。


「また来ます」


何度も振り返りながら立ち去るイルミスの後ろ姿を、ライナはぼうっと立ち尽くしたままずっと見送っていた。