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「ありがとうございました。あ、あの、洗ったら必ずお返しします」


呼吸を整えたライナがハンカチを握りしめながらそう言うと、イルミスはゆっくり首を振った。


「それは差し上げます」

「でもっ」

「貴女が持っていてください。泣き虫なお嬢さん」

「……」


強い意思で制されてしまったライナは、それ以上反論できなかった。


「いくら温暖なレンバートでも夜は冷える。ーーそろそろ、帰りましょう」


イルミスがライナをゆっくりと立たせ、道の方へ促した。生まれて初めての優しいエスコートに、ライナは夢見心地だった。ライナが運んでいた荷物は、軽々とイルミスに抱えられてしまっていた。


日没の刻を迎え、太陽が沈んだ場所と反対側の方角では、既に明るい星が瞬いている。空の半分が夜の色だ。


(もうお嬢さんという年でもないのに……)


先ほどイルミスにかけられた言葉が、頭の中で何度も思い出された。その度にライナは赤くなったり青くなったり、忙しい。ついもらってしまったハンカチは今もライナの手の中だ。


(隣を歩いているなんて、夢みたい)


口にこそ出さないものの、ライナは先ほどからそのことばかり考えていた。肩が触れそうなほど距離が近いことに緊張が高まる。
ちらりと横目で伺うと、濃紺の制服が森の中を颯爽と歩いている。一歩進むごとに、髪の毛がさらりと揺れて、ライナの視線は思わず釘づけになってしまった。


「ーーどうかしましたか?」

「い、いえっ、何でもありません!」


視線を向けると慌てふためいて一瞬しっかり合った目を逸らすライナを見て、イルミスは彼女に気付かれないように忍び笑いをした。


「ほら。前を見ないと危ないですよ」

「……はい」


(もうお嬢さんという年でもないのに……)


つい先ほど思ったことと全く同じ言葉を心の中で呟く。ーーその意味するものは異なっていたが。
ライナは隣に気付かれないよう小さく小さくため息を吐いた。

そんなライナの気配を間近に感じ取りながら、イルミスは再び笑いを堪えて歩く。こんなに上機嫌な彼には滅多にお目にかかれないのだが、隣を落ち着かない様子で歩く〝お嬢さん〟は気付かないままだ。


そうして和やかな空気を纏ったまま、イルミスはライナの家までしっかりと送り届けた。