「す、すみませんでした。こんなお恥ずかしいところをお見せしてしまって……っ」


しばらくしてやっと涙の止まったライナは、置かれている状況に気付いてはたと我に返る。優しく背中をなでてくれる温かいその手は、紛れもないイルミスのものだ。そう意識した途端真っ赤になり、目の前の人物の胸からサッと離れた。

泣きすぎてきっとまぶたが腫れているであろうことや、男性の前でガラガラに声が掠れてしまっていることなどを気にしている場合ではない。高貴な騎士様へ迷惑をかけてしまったことを、ただひたすら謝罪した。


「気になさらずに。……それにしても焦りました。どこか具合でも悪いのかと」

「いえ、そういうわけでは……」


見上げると、碧い瞳。その色は、朝の湖の色に似ていると思った。辺りに茂っている青々とした葉の色が映り込んだ、美しい湖水の色。
そして、彼は安堵の表情をしているように見える。ライナは、イルミスにそんな表情をさせてしまったことに申し訳ない気持ちでいっぱいだったが、同時に嬉しさを感じてしまっていることに気付いた。

胸の奥が、じわりと熱を持つ。


「ええと、その……」


行き場のない熱を持て余しながら、ライナは言葉を探した。


ーー 一体何と説明すればよいものか。


イルミスはクレトンからどう聞いているのだろう。場合によっては違う話をしてしまうかもしれない。

ライナが思案を巡らせていると、イルミスは軽く首を振った。


「無理に理由は聞きません。体調不良でないのなら、ひと安心です」


イルミスに洗いざらし全てを打ち明けてしまいたい気持ちはあったが、本当のことは誰にも言えるはずがない。結局は自分が招いた結末なのだ。ライナは苦しかったが、仕方のないことだと自分に言い聞かせた。


「イル……騎士様は、どうしてこちらに?」


ライナは、思っていた疑問を口にした。
このような辺鄙な森の方まで、一体何の用事だろう。この辺りは民家も少ないうえに、目立つような場所もない。騎士団が日頃行っている見回り業務も、対象外の地区のはずだ。


「貴女を追って来たんです。もう、市場には来ないと聞いて」


その回答を聞いて、ライナは驚愕した。聞き違いかと思ったが、イルミスの瞳はまっすぐライナを捉えたままだ。


「私を? ラヴォナさんに聞いたのですか?」

「はい。貴女の家がこちらにあると教えて貰いました」


職権を利用してしまいました、と謝罪を受ける。

一体何故、そこまでして会いに来てくれたのだろう。ライナは不思議そうにイルミスを見つめた。