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少しずつ赤みを帯びていく夕日を浴びながら、ライナはとぼとぼと歩く。ガラガラとにぎやかに鳴る荷車の車輪の音も聞こえないほど焦燥しきっていた。

色々あったが、市場で花を売ることができて幸せだった。最後にイルミスに会わせてくれたのは、きっと神様からのご褒美だろう。

最後に見たイルミスの瞳は、陰りのない美しい色をしていた。


ーーこれからどうしたらいいのだろう。


本当はこのまま花を売って生計を立てたかったが、ライナには他の場所で花売りを続けるほどの実績がない。
以前からうっすらと考えていたのは、奉公に出ることだ。どこか裕福な家に住み込みで働かせてもらうことができれば、きっと食べることには不自由しないはずだ。

そのためには、家と畑を手放さなければならない。ライナには留守中の家の管理など、できそうもないからだ。

だが、もしそんなことをすれば祖母への罪悪感で、気が狂ってしまうかもしれない。あの花畑を守れないことは、ライナにとっては大罪そのものだ。


「はあ」


気が付いたら途中の小さな湖のほとりで、座り込んでいた。
森の中にある、静かで美しい湖。夕日が湖面を朱に染めている。

荷車とカゴをその場に放ったまま、ライナは引き寄せられるように立ち上がって歩き出した。カサカサと落ちた広葉樹の葉の上を歩いて湖の淵まで移動する。両手をつき、湖面を覗き込んだライナは、ただ驚いた。水面に映った自分の顔が、ひどく歪んだ表情をしていたからだ。

イルミスとはまるで正反対の、暗く淀んだ瞳。そこから今にも涙が溢れてしまいそうに見えるのは、波が見せる錯覚だろうか。
ーーいや、風のない今は一切波がない。

ライナは右手でそっと頬に触れた。


(私、泣いているの? どうしてーー)


自覚した途端、堰を切ったようにとめどなく流れてくる。まるで意志を持った生き物のようだ。拭っても拭っても止まってくれそうもない涙をどうにかしようと困っていると、離れた場所から声が響いた。


「ライナ」


一番聞きたかった、声が。