「ありがとうございました。……どうか、お元気で」


玄関先まで送ってくれたクレトンに、ライナが最後の挨拶をしていると、不意に後ろから声が聞こえた。


「ごきげんよう、ラヴォナ殿、と……」


聞き覚えのある声に振り返る。


「イルミスさん!」


ライナは思わず大きな声を出していた。
もう二度と会えないと思っていた人に、偶然会えたからだ。


「ライナ。偶然ですね」


何も知らない彼の微笑みが優しく、心の深いところまで沁みてくる。たまらずライナは視線を下げた。

イルミスは前に会ったときと寸分違わず濃紺の制服姿だ。こうして立った状態で改めて向き合ってみると、思っていたより上背があり逞しい印象を持った。やはり国の高い位置にいる騎士団員なのだと感じずにはいられない。


ーーあの青い花はいかがでしたか。


喉まで出かかった言葉は、すんでのところで飲み込んだ。イルミスはクレトンに用事があるのだ。忙しい騎士団員を待たせるわけにはいかない。


「ーーではラヴォナさん、私はこれで。イルミスさ……いえ、騎士様。ごゆっくり」


ライナの言葉に、イルミスは驚いたように目を見開いた。何か発しようと口を開いたが、それよりも早くライナは踵を返す。


ーーこれからもたくさん、話をしてみたかった。イルミスのことを、本当はもっと知りたかった。


振り返ると欲が出てしまいそうで、ライナはそのまま、一度も振り返らずに早足で敷地から出たのだった。